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第4話

升麻は溜め息を吐くと窓の外へ目を向けた。 病室から見える真四角に切りとられた景色ももうすっかり見慣れたものだ。 今回はどれくらいの入院になるのだろうか。 きっと会社内は今頃、升麻不在の穴埋めをどうするか議論が交わされているに違いない。 せめて社長という立場から退くことができたらどんなに楽かと思う。 そうすれば彼らの負担や危惧だって少しはマシになるはずだ。 だが祖父を慕いずっとついてきていた重役たちに、遺言通り継いで欲しいと懇願されては断ることもできない。 できる事なら健康体になりたい。 みんなが普通に、当たり前にやっている事を当たり前にしてみたい。 薬を服用するのは少し体調が優れない時だけ、寝ていればすぐに良くなる。 そんな生活を一度でいいからしてみたいのだ。 なぜ自分だけがこんな目に合わなければならないのか。 幼い頃から何度も何度も考えた。 口には出さないが健康に産んでくれなかった母親を恨んだ事もある。 しかしどんなに結局答えはどこにもないし、卑屈になったところで病気は治らないのだ。 再び吐いた溜め息は、無機質な病室の白い天井に吸い込まれるようにして消えていった。 いくら升麻の深い悩みを吸い込んでも、壁や天井は少しも形を変える事はない。 それはまるで、升麻がいてもいなくても変わらないこの世の中そのものを表しているような気がした。 トントン。 だれかが部屋をノックする。 誰とも口を聞く気にならなくて、升麻は頭から布団を被ると小さく丸まった。 スライドドアがゆっくりと開き、誰かが入ってくる気配がする。 足音からして二人だ。 一つの足音がベッドのすぐ傍まで近づいてくる。 「升麻…?寝てるの?」 母親の声だ。 だがやはり口を開く気になれず升麻はそのまま寝たフリをした。 「ふぅ…やれやれ。医者の話を聞くのも骨が折れるな」 もう一つの足音の持ち主が、ベッドから少し離れたソファにどかりと腰掛けた。 もう一人は伯父だった。 意識を取り戻した升麻を労っていた時とはうってかわって、苛立った口調になっている。 「まったく、いつになったらぽっくり逝ってくれるんだ。こう何度も何度も呼び出されてちゃぁ、そろそろ爺さんを慕ってた連中から俺と同じ考えのやつも出てくるだろうよ」 升麻が眠っていると思っているらしい。 伯父はぶつぶつと文句を言い始めた。 「やだわ、兄さんったら。升麻に聞かれたらどうするの?」 母親が小声で伯父を牽制する。 しかし、そこに伯父の言葉を否定するような素振りはない。 なんだか嫌な予感がしてたまらなくなった。 ここにいてはいけない。 この二人の会話をこれ以上聞いてはいけないような気がした。 「ったく、いっそスッキリ逝っちまえば本人だって楽なもんだろうよ。どうせ生きてたって何にも残せやしねぇんだからな。とっととあの世に逝ってくれる事がこいつが唯一会社や世の中に貢献できる事なんじゃねぇか?なぁ、その方がお前も楽になるだろ。こいつが毎回こんなになるたびに親戚中に頭下げなきゃなんねぇんだからな」 落ち着いていた筈の心臓が再び激しく痛みだす。 ズキズキ、ズキズキと。 幼い頃、升麻が他の子と同じように生活できない事を嘆くと母親は必ず励ましてくれた。 (お母さんね、升麻なら絶対病気になんか負けたりしないって信じてる) (きっと大丈夫、升麻の病気もすぐ良くなるわ) 何度も何度もそうやって励ましてくれた。 もしも病気が治らなくても、母親だけは一生升麻の味方でいてくれる。 そう思っていたのに… 母親が伯父に放った一言は升麻の小さな希望を、心の拠り所ごと深く抉っていった。 「そうね、私ももう限界よ…」

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