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第5話
数日後、升麻は退院することができた。
だが、体調が回復しても傷ついた心が治癒することは当然なかった。
母親と伯父の本音を聞いてしまってからというもの、升麻の自分に対する存在意義というものはますます薄れていく一方だった。
それは升麻を支えようと頑張ってくれている人たちへの不信感にも繋がっていた。
どうせ自分なんかいなくても会社はまわる。
優しくしてくれたり力になってくれるのは前社長の意志だからであって、決して彼らの本心なんかではないのだ、と…
ミサキインテリアは祖父が先代から引き継いだ大切な会社だ。
このまま升麻の代で終わらせることなどできない。
だが、これ以上卑屈な気持ちを抱いた社長もどきがここにいてもお荷物なのは目に見えて明らかだ。
行き場所なんか他にはないしどうしたら…
その時、生前祖父と話したことをふと思い出した。
「困ったことがあったらある場所を尋ねるといい」
そう言って祖父が話してくれたのは『淫花廓』という場所だった。
淫花廓 …
限られた人間だけが足を踏み入れることのできる、彼の楼閣が佇む場所。
そこは、あらゆる意味で特別な場所らしい。
まず、その廓の客になること自体が難しい。
社会的地位と財産、そられを満たしていなければ、廓の場所すらも特定できない。
さらに、廓に入るのには紹介状を手に入れる必要がある。
すでに『淫花廓』の会員である人間を介し、紹介状を手にして初めて、客として扱われるのだ。
そして『淫花廓』の敷地内は現代の法治国家にあるまじき、治外法権となっている。
たとえば電子機器類の持ち込み禁止や男衆という存在。
そこには独特のルールがあり、客といえどもそれに則って動かなければならないらしいのだ。
そんな淫花廓とこのミサキインテリアには深い繋がりがある。
淫花廓の内装に使われている家具や寝具は全て、ミサキインテリアが淫花廓のためだけに作ったオリジナルの製品なのだ。
それだけではない。
コンセプトに合わせた内装のトータルコーディネートなども全てミサキインテリアが携わっている。
御社がここまで大きく成長したのは、『淫花廓』があったからこそだと祖父は言った。
また同様に淫花廓自身も、ミサキインテリアの演出のおかげで集客できているのだ、と。
「困ったことがあったら淫花廓の枯野という男を尋ねなさい。彼ならきっとお前の力になってくれるはずだ」
枯野…
祖父の言葉の記憶を辿り、升麻は一人の男の顔を思い浮かべていた。
葬儀の時、一際目を引いていた銀髪の男。
夜の街で働いているような派手な煌びやかさはなかったが、妙に色気があり立ち振る舞いが綺麗だった。
きっと彼が祖父の話していた淫花廓の枯野に違いない。
祖父が亡くなってまだ間もないというのに、助けを求めるのは些かみっともない気もする。
だが、この場所にいること以上に惨めなことなどきっとないはずだ。
行き場所なんか他にないんだし…
升麻は早速重役たちを呼び出したのだった。
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