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第7話

「お薬を飲むのを忘れないように。少しでも体調が優れなかったら、必ず主治医に連絡を。どうか無理だけはなさらないでください」 迫間の言葉に頷くと彼に別れを告げ、升麻は淫花廓へと足を踏み入れた。 入り口に入ると目に飛び込んできたのはやはり浮世離れした光景だった。 遊郭をイメージする赤を基調としつつも、優美で品があり煌びやか。 隅々まで磨きあげられた骨董品や装飾。 天井から床まで、どこを見ても美しいと思わせる光景だ。 まさに格調高雅(かくちょうこうが)と呼ぶに相応しい。 「素晴らしいな…」 升麻はしばし嘆称に浸ってしまった。 ここを天国と呼ぶ人もいる。 祖父から聞いていた言葉がストンと胸に落ちたような気がした。 「いらっしゃいませ。ご予約のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」 きょろきょろと辺りを見回していると背後から声をかけられる。 声のする方を向いた升麻は思わず声を失った。 その顔がの顔ではなかったから。 正確に言うと、狂言などでよく目にする能面、翁面だったからだ。 よく見ると、淫花廓の従業員と思わしき人物は皆面をつけていることに気づいた。 背丈や体格に多少差はあるものの、皆同じ黒子のような服と面をつけているため、同じ人物が何人もいるように見える、正に異様な光景だ。 これも、この淫花廓という場所を演出するためのひとつの策なのだろう。 一瞬声を失うほど驚いた升麻だったがすぐに持ち直すと、不気味な微笑みを宿す翁面の男衆(おとこしゅう)に訊ねた。 「あの…僕は客ではなくて…枯野さんという方を訪ねてきました…」 迫間には内緒にしていたが、実は升麻は事前に淫花廓に連絡をしていなかった。 電話で事情を話して、もしバッサリ断られたりしてしまったらそれこそ行き場がなくなってしまうと思ったからだ。 行き当たりばったりの無鉄砲な計画だとは思ったが、とにかく直談判をすればなんとかなるかもしれない。 そう思って、敢えてアポなしでやって来たのだった。 「枯野…?今、枯野と仰いましたか?」 男衆は升麻の言葉を繰り返す。 表情はわからなかったが、声色で僅かに動揺しているのが窺えた。 「え…えぇ…」 何か不味い事でも言ってしまっただろうか。

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