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第9話

「あなたは僕の病をご存知ですね」 升麻の言葉に、枯野は全く反応をみせない。 だが、彼の微かな眉の動きを升麻は見逃さなかった。 「さっき煙草に火をつけようとしていたのにやめましたよね。気を遣ってくださったんでしょう?」 「だからなんだ」 ジロリと睨まれる。 だが升麻は怯むことなく微笑んだ。 「それならもう一度お願いします。僕を雇ってください」 枯野は深くため息を吐くと、頭をガシガシと掻いた。 「あのなぁ…ここがどういう場所で、毎晩ここにいる奴が何をして金を稼いでるのかわかって言ってんだろうな?正直、心臓にでっけぇ爆弾抱えた奴にそれが勤まるとは到底思えないんだが」 「知ってます」 升麻はきっぱりと答えると、淫花廓の歴史からどのように客をもてなしているのか、どんなシステムで経営しているのかまでを事細かく話してみせた。 そして最後に祖父が遺してくれた言葉を伝えた。 「困ったことがあれば淫花廓の枯野という人を頼れ。その言葉を頼りに来ました。病気のことも含め、淫花廓(ここ)に迷惑をかけるようなことは決してしません」 「言いたいことはわかった。だがここで男娼として働く事が三崎のじいさんの遺言を蹴ってまでする事なのか?」 枯野の言葉に、升麻の胸のどこかがツキン、と傷む。 祖父の想いというものを考えるたび覚悟や決意が揺らいでしまうからだ。 この決意や覚悟がミサキインテリアを引き継ぐ力になればよかったのに、と何度も繰り返し思った。 期待に応えられず申し訳ないという気持ちと、どうして自分なんかを選んだんだという(うら)みが綯い交ぜになって仏前で一人涙を流したこともある。 その気持ちは恐らくずっと消えずに升麻に罪悪感を与え続けるだろう。 升麻はフッと目を伏せると膝の上に置いた手を見つめた。 日焼けを知らない色白の頼りない手。 自分から何かを掴み取ったことなど一度もない手だ。 その両手を合わせ、ぎゅっと握りしめる。 「そうですね…祖父への裏切り行為だとは自分でもわかっています。でも僕は死神なんです。このまま僕がミサキインテリアの社長でいたら会社を滅ぼしてしまうことは目に見えています」 「だから逃げてきたのか」 ストレートすぎる鋭い言葉に心臓を抉られる。 だが升麻は素直に頷いた。 「そうですね。僕は逃げました」 しばらく沈黙が続いた。 話し方も威圧的だけど、黙っているともっと威圧的になる人なんているんだな… 升麻がそんなことを思っていた時だった。 突然枯野が口を開いた。 「いいだろう。雇ってやる」 「え…」 升麻はパチパチと目を瞬かせると、枯野を見つめた。 ダメだと言われても食い下がるつもりではいたが、あまりにもあっさりと承諾されて拍子抜けしてしまったのだ。 「その代わり条件がある」 枯野はそう言うと、升麻の返答も聞かずに話し始めたのだった。

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