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第11話
「なんで俺が!!」
ショートヘアーの髪をガシガシと掻きながら、舛花は苛立ちげに足を踏み鳴らした。
「床が抜けます」
ドスドスと音を立てて歩く舛花を、前で先導する男衆がハラハラとした様子で振り返る。
「だってしばらくセックスできないんだぜ?!この絶望感があんたにわかるか?!」
人目も憚らず大声で不満を漏らす舛花。
幸い真昼間なため廊下には誰も居らず、舛花の叫びは渡殿からのどかな景色に吸い込まれていった。
鳥の囀りを聞いた数秒後、男衆が静かに呟く。
「それは舛花様がまたルールを破ったからでは」
舛花はその言葉に一瞬呻いた。
数分前のこと。
舛花は例の如く楼主に呼び出されていた。
「テメェ、また菖蒲 とヤりやがったな?」
開口一番、痛いところを突かれて舛花はびくりと肩を震わせる。
「あぁ…えっと…」
背中を見せているにもかかわらず威圧感たっぷりの楼主を前に、舛花はキョロキョロと目を泳がせた。
「それはまぁ事故っつーかなんつーか…気づいたら入っちゃってた?みたいな」
あはは、と冗談っぽく笑ってみせるが、楼主の肩が揺れる気配はない。
その代わり、盛大なため息とともにタバコの煙が大量に立ち上った。
「その言い訳は百万回は聞いたな」
背中から滲み出てくる威圧感が更に凄味を増し、舛花はヒッと小さく叫ぶ。
「だってあの菖蒲 がおかしいんすよ?俺は普通に自分のベッドで寝てただけなんすよ。そしたらいつの間にか上に乗っかってて「遊ぼう」って誘ってきて…まぁ確かにベッドが壊れるまでヤったのは反省してますけど、でもあんなヒラヒラさせた短い着物着てるくせにパンツ履いてねぇっつーのも問題っつーか…」
「テメェは猿か。性欲をコントロールできねぇ奴はゆうずい邸の男娼失格だと最初の研修で習わなかったか?」
ツラツラと並べる舛花の言い訳を遮るように叱責が飛んでくる。
「そもそもテメェのおつむと下半身がゆるいから菖蒲なんかに目をつけられるんだ。ちょっと着物をチラつかせれば乗ってくるチョロい奴だと思われてることに気づかねぇのか」
楼主の言葉に舛花はぐうの音も出ずに黙り込んだ。
そんなこと舛花自身よくわかっていることだった。
菖蒲というのは元しずい邸の男娼なのだが、ワケあって今はゆうずい邸にいる。
元々セックスが好きな質らしく、好みの男性がいればすぐにでも股を開くような淫乱男娼だ。
楼主の言う通り、大抵のゆうずい邸の男娼は性欲をコントロールできるよう訓練されている。
高級廓の質と秩序を保つため、男娼同士のセックス行為及び恋愛は禁止されているのだと、舛花自身も研修中叩き込まれた。
だが、頭ではわかっているのだがどうも目の前にある肉欲に逆らうことができないのだ。
セックスはいい。
気持ちいいことに浸っている時間は、何も考えなくていいから。
自分の価値とか存在意義とか、過去のこととか将来のこととか、全部全部溶けてドロドロになって、どうでもよくなる。
正直、その相手は菖蒲でなくとも構わないのだ。
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