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第13話

「こちらの部屋です」 さっきまで楼主と話していた部屋からさほど遠くない蜂巣(はちす)の前で男衆が止まった。 舛花(ますはな)はそれにもうんざりといった表情をする。 楼主の息の近いこんな場所では堂々とサボるのは難しいと思ったからだ。 だが何かしら方法はあるはずだ。 頭の中であれこれ算段していると、男衆が唐突に口を開く。 「もしサボることをお考えになっているのでしたら無駄ですよ。毎晩見世が開くと同時に男衆が迎えに伺いますので」 まるで舛花の考えている事などお見通しかのような言葉に、舛花は顔をヒクつかる。 「言われなくてもわかってるっつーの」 鼻息荒くしながら吐き捨てると、挨拶もなしに目の前の扉を開いた。 「ちょっと挨拶くらいしてから開けてください!」 小煩い男衆の声を遮るように背後でピシャリと扉を閉める。 「あ〜…くそめんどくせぇ」 心の声を惜しげもなく吐露しながら舛花は頭をガシガシと掻いた。 男衆もそうだが楼主も楼主だ。 たかがセックスしたくらいでいちいち目くじらを立ててくる意味がわからない。 そもそも舛花はそういう行為が自由にできるものだと思って淫花廓に入ってきた。 誰に文句を言われることもなく後ろ指を刺されることもなく堂々とセックスができて、心も身体もついでに懐まで幸せになれる夢のような場所だと思ってやって来たのだ。 だが実際は規則だの決まりだのが多くて、自由なんてほとんどないに等しい。 「セックスに質だの品だの言ってる方がおかしいっつーの」 再び心の声を口にする。 すると突然近くで声がした。 「あの…」 まだ男衆が小言を言ってきたのかと思った舛花は、声のした方へ思いきりガンを飛ばす。 「あ?」 だが、そこにいたのは黒子姿の男衆とは全く違う男だった。 いや、男かどうかも定かではない。 そう思ったのは、その人物の線が細く、華奢で色白だったからだ。 舛花はそれまでの怒りも忘れて、目の前に立つその男を不躾に見つめた。 真っ白なシャツにスラックスという淫花廓では珍しい洋装。 肉づきの薄さからして確かに男で間違いなさそうだ。 少し垂れ気味の瞳や眉、薄い唇や小鼻など、パーツは整ってはいるもののどれも控え目で主張がない。 色素の薄い髪が、今にも消えそうな輪郭をなぞって存在を示しているという感じだ。 よくいえば儚げ…だが、舛花には骨の上に皮が被っているようにしか思えなかった。 確かにゆうずい邸でも細身の美人系やきれい系と言われるような男娼はいる。 だが、彼らは皆人を抱く身体をしている。 筋肉があり、体力があり、どこかしらに「男」というものがにじみ出ているものだ。 しかしこの目の前の男は、どこをどう見ても人を抱くような身体をしていないのだ。

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