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第15話
舛花はニヤリと笑みを浮かべると、こちらを睨みつけている痩せた男を見下ろした。
楼主には淫花廓の最初の研修で学んだことを教えてやればいいと言われているだけで、そのやり方までは指導されていない。
つまり、どういう風に教えようが舛花の自由というわけだ。
これだ…そう思った瞬間、それまですこぶる悪かった舛花の機嫌はたちまち良くなった。
「俺、舛花 。お前、名前は?」
突然名前を訊ねられ、男が驚いた表情をする。
「しょ…升麻 です」
「升麻?升麻なんて和色あったか?まぁいいや。とりあえず教育係を任されたからには升麻を一人前の男娼にするためにビシビシ指導していくからな」
「は、はい。よろしくお願いします」
先程までの態度から一変した舛花に戸惑いながらも、升麻はペコリと頭を下げる。
そのつむじを眺めながら、舛花は再び笑みを浮かべた。
「とりあえずまぁ、座って待ってろよ。ちょっと準備してくるから」
数分後、舛花は升麻の前に道具部屋から持ってきたものをどさりと置いた。
女性の身体を模した性具、所謂ダッチワイフというやつだ。
といってもトルソタイプで手足はない。
だが顔はとても精巧に造られていて、黒髪の可憐な容姿をしている。
ただし衣服など一切身につけていないが。
「…これ…」
初めて見たのだろう。
升麻は顔を赤らめながら、その色んな場所が剥き出しのダッチワイフからサッと目を逸らす。
その反応に薄ら笑みを浮かべると、舛花は升麻の背後にまわりそっと囁いた。
「じゃ、とりあえずこいつをイかせてみてよ」
「え?」
「えって何?実技だよ、実技」
舛花はさも当然かのように言うと、膝の上で固く握られた升麻の手をダッチワイフの陰部へと導いた。
「指でも舌でも、もちろん升麻のアレでも好きな方法でいいんだぜ」
その指先が作り物の肌に触れた瞬間、升麻は後ろからでもわかるほど顔を赤くさせると舛花の手を振り払った。
「やめてください!!」
「何?もしかしてできないの?それともやったことないとか」
舛花の言葉に升麻は言葉を詰まらせる。
真っ赤になりながら唇を引き結び羞恥に耐えている姿から、舛花の言葉が図星を突いていることは明らかだ。
「ちゃ…ちゃんと段階を踏んでからこういうことをするのかと思ってました」
「段階?段階って何?そういうのがあるって誰かが言ってた?言っておくけど、外での常識なんか捨てた方がいいぜ。ここじゃあ何もかもが異常で異様でそれが普通なんだよ。あんたに何があってここに来たのかしらねぇし微塵も興味ねぇけど、もしそういう普通とか常識とか望んでるならここではやってけない。さっさと元いたとこに戻るんだな」
舛花はそう言うと、押し黙る升麻を残して部屋から出た。
あの態度や表情からして、おそらく心は折れたに違いない。
意地の悪いことをした罪悪感はあった。
だが、この世界がそう甘くはないというのは真実だ。
あんな童貞のもやしのような男がこの世界で男娼としてやっていくなんてあまりにも無謀すぎる。
「そう、これは善意でもあるんだ。俺ってばめちゃくちゃ優しいんじゃない?」
舛花はそう呟くと、升麻の部屋を後にしたのだった。
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