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第22話
「ほら、とりあえず服着ろ。また目の前で倒れられたら俺が何かしたみたいに思われるだろ」
舛花はそう言うと、升麻の肩にシャツを掛けてきた。
「あ…ありがと…」
ぶっきらぼうな言葉だが、今まで聞いた事のない穏やかな口調と所作に舛花の印象が払拭されていく。
意地悪だと思っていた。
升麻のことを煩わしく思っているのが剥き出しだったし、向けられている言葉や眼差しも冷たいものだった。
だから升麻の秘密を知ったら当然おもしろおかしく揶揄したり、強請りのネタにしてくるものだと思っていたのに。
脅すどころか、自分の傷を見せて「同じだ」と言ったのだ。
「なに?」
いつの間にか凝視してしまっていたらしい。
その視線に気づいた舛花が訊ねてくる。
「や…優しいから…別人なんじゃないかと…思って…」
升麻は視線を彷徨わせながら答えた。
「別人?なにそれ」
ははっと無防備に笑うその笑顔に、心臓が小さく跳ねる。
その時、升麻は改めて舛花の容姿がすこぶる良い事に気づいた。
彼の容姿が優れている事はじゅうぶん分かってはいたが、笑った顔はまた違う魅力を放っている。
こんな風に微笑まれた人はきっとあっという間に心を奪われるに違いない…
升麻がそんなことを考えていると、舛花がばつの悪そうな顔をしながら頭を掻いた。
「まぁ俺も…誤解してたし、そのてんではおあいこだな」
「え…?」
「もうとっくに諦めて出て行ったのかと思ってた。意外と根性あるんだな」
眩しい笑顔を向けられて再び心臓が跳ね上がる。
わけのわからない自身の感情に戸惑いながら、升麻は慌てて視線を逸らした。
「でも…昨日も倒れたし…追い出されるのも時間の問題だと思います」
「あぁ…もしかしてその…俺とかに知られちゃダメだったりしたんだ?」
升麻は一瞬躊躇ったが小さく頷いた。
楼主は厳格な人間だと祖父から聞いている。
淫花廓の利益にならないことは絶対にしない冷血漢だと。
だが同じく会社を背負っていた祖父を間近で見てきた升麻には楼主のやり方は妥当であり、責めることなどできない。
一つの小さな綻びが、後々会社を傾かせる原因になりかねないからだ。
会社の将来、従業員とその家族を抱えている以上、危険因子はさっさと切り捨てるというのも経営者にとって大事な務めなのだ。
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