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第2話 地獄の使者

 終業のチャイムは日向にとって地獄の時間の始まりだ。  部活の準備をする者。  委員会の仕事のために移動する者。  どちらにも属していない生徒は翌月に迫った文化祭の準備のために居残りをするが、それらのうちのどの選択肢も、日向は選べなかった。 「ヒナー! またお前だけサボりかよ!」 「うん、ごめんね。勉強が忙しくて……」  バレー部のケンヤがいつものように日向をからかう。  ケンヤとは小学校の時からの付き合いで、かれこれ十年近く経つ。  やや荒っぽいが裏表のない性格のケンヤは、日向にとって一番の友人だ。 「いつもいつも勉強だもんなあ。それも大学受験のためだろ? 俺らいくつよ?まだ一年じゃん。早すぎるって」 「僕もそう思う。だけど真面目な話、誰よりも早く取り組まないと、にいちゃんがうるさいから」 「あーー。あの。あいつもしつこいなあ。大学生ならとっとと家出て行けばいいのにな」 「ケンヤがそう思ってくれるだけで嬉しいよ。じゃあまた来週」 「無理すんなよ!」  スポーツバッグを肩にかけ教室を出て行くケンヤを見送ると、日向は深い溜息をついた。  終わってしまった。  もう帰るしかない。  重い足取りで廊下を進み、靴箱でスリッパからローファーに履き替える。  靴箱の中にはノートが入っていた。同じクラスのミサキからだ。  入学式のときに偶然隣になったミサキとは夏頃から付き合っている。人生初めての彼女だ。  今の時代、スマートフォンで簡単に連絡は取り合えるが、日向にはある事情があり、代わりに交換日記のようにノートを使ってやり取りをしている。 『ヒナちゃん。昨日は全然文化祭の準備が進まなかったの。 本番が近づけばみんな手伝ってくれるのかな?』  こっそりとノートを読み、日向は小さく笑った。ミサキはクラス委員をしていて、彼女主体で文化祭の準備は進んでいる。  ミサキのためならどれだけでも手伝いたい。しかし日向には許されない。学校行事よりも最優先にこなさねばならない課題があるからだ。 「日向……」  地獄の使者が現れた。 「……にいちゃん、どうしてここまで?」  薄手の黒いコートをひるがえし月翔が現れた。  日向にとって高校の敷地内は安全圏だった。それなのに、部外者であるはずの兄が、どうして校門を抜け玄関をくぐり、日向の前に立っているのだろう。  困惑が顔に出たのか、月翔は日向を見すえて朗らかに笑った。 「約束の時間を五分も過ぎていたら心配になるだろう? ずっと車で待っていたけど、日向が来ないから様子を見に来たんだ」

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