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第3話 無垢の虚言
車中は終始無言だった。高校から自宅までは車で二十分ほどだが、何も話さない月飛が隣だと、いつも以上に長く感じた。
日向はいたたまれなくなり、運転席の兄を見る。日向の視線を感じ取った月翔と目が合った。
月翔は口元を緩め柔和な笑みを返したが、その目は全く笑っていない。怒っている。何か月飛を怒らせてしまうような言動をしたのだろうか。
兄の機嫌を取るために、日向は明るく振る舞った。
「あ、あのさあ、にいちゃん。僕、明日の土曜日にーー」
「土曜日は父さんも母さんもいないから、俺がカレーを作るって言っただろう? 日向にも手伝ってもらいたいから、当然うちにいるよな」
「え……?」
聞いていない。
父も母も不在だと日向は初めて聞かされた。嫌でも顔がこわばってしまう。
つまり月飛とふたりきりで過ごさなければならなくなってしまったのだ。
「でも、もう約束しちゃったんだ。友達と映画を観に行くって。チケットも取っちゃったし」
「いくらだ? 俺が払ってやる」
「そういう問題じゃなくて」
「そもそも子供だけで出かけることが問題じゃないのか?」
「僕はもう子供じゃないよ!」
「十五歳は世間から見れば立派な子供だ。そうだろう? 何かあったらお前は責任が取れるのか? それに相手は誰だ? 俺の知らない相手なのか? いい機会だからにいちゃんに紹介してくれないのか?」
言えるわけない。
日向は態度に出ないように努めた。
「と、友達だよ。クラスメイトの。幼馴染のケンヤ。うちにも来たことあるでしょ? にいちゃんも知ってるやつだよ」
「あのガキが映画ねえ……」
「あいつアニメ好きだから。このあたりじゃ上映していないんだ。映画観て、ご飯食べて帰るだけだよ」
言えるわけない。
「まあ、俺の日向が嘘吐くわけないか。夜には帰ってくるだろう? ひとり寂しくカレーを煮込んで待ってるよ」
「ごめんね、にいちゃん。その代わり日曜日は一日家にいるからーー」
「俺はてっきり彼女ができたのかと心配になったよ」
言えるわけ……。
「なあ、日向」
路肩に停車させた月飛が冷たい指先で日向の頬をなでる。
「まさか彼女と出かけるつもりじゃないだろうな?」
「何言ってるの、にいちゃん! 彼女なんていないよ。僕、全然女子にもてないから」
「…………ふうん」
それきり月飛は何も話さなかった。
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