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雲仙蒼羽の章 第3話
千疾と出会って一年近く経つ。翔の一周忌が近付いた。
内輪だけの法事だというので法事前に線香だけ上げてきた。仏壇の写真は満面の笑顔で最後に見た笑顔となぜか重なった。
不思議だ。今ならわかる。翔に感じていた気持ちは”予感”だった。俺は翔を通して千疾を見ていたのかもしれない。
ついでに実家に顔を出すことにした。弟が珍しくいた。
「兄さん、いいところに…」
ニコッと笑った笑顔の裏が黒いのは兄弟なので十分わかっている。そして家のことを全部押しつけてしまった馬鹿兄貴を責めずにいてくれるありがたい弟だ。
「…何かあったのか?」
弟の視線が泳いで苦笑いを浮かべた。
「実は、何故か兄さんに婚約者ができていまして…」
俺は青天の霹靂に口を開けた馬鹿面を晒すという失態を犯した。
「俺は聞いてないぞ、その話!大体俺には恋人がいるんだぞ?」
弟は肩を竦めて首を振った。ちょっかいどころか、直球で来るとは。
「だから何故かって言ったでしょ。どうやら藤原の一族の横やりみたいで。」
藤原の一族は傍系のΩの家系だ。αを支えるΩの一族。主家の伴侶に正妻を送り込むのが使命の一族だ。だから、通常の場合は咎めることじゃない。ただ、俺に対しては悪手だ。
女とΩは恋人にできない。そんな人間にΩを婚約者にしようなんて浅はか過ぎる。
「しかも女のΩという話で。俺もさすがに父さんを殴りそうになりました。殴ってきます?」
にやっと笑って書斎の方を指差した。俺は頷くと書斎にいるであろう父親に会いに行った。
「顔が怖いよ。蒼羽。」
書類から顔をあげて苦笑する父。
「誰のせいでしょう?俺には大切な運命の番の恋人がいるというのに知らない間に婚約者持ちになっていたというんですからねえ…。」
父は首を傾げる。
「お前の運命の番は亡くなったんだろう?相手はΩだったそうじゃないか。Ωももう大丈夫なんだろう?だから良い縁談をもらったので許可したのだが…」
俺は机に近付けてその机に音を立てて両手をついた。
「アホですか。亡くなった彼はたまたま話くらいはできる相手だっただけです。俺の運命の番はβで今付き合って同棲している相手ですから。父上でも彼をどうにかしようとかしたら許しませんよ。」
俺はきっと親の仇でも見るような目をしていたんだろう。父はかなり青い顔をして頷いていた。
「その婚約は丁重に破棄しておいてください。」
泊まるつもりだったが帰ろう。千疾の顔が見たい。
帰ったら電気が点いていなかった。もう寝たんだろう。そう思ってリビングの電気を付けると隅に膝を抱えてうずくまった千疾がいた。
「千疾、どうしたんだ?そんなところで…」
千疾に近づこうとして、何かを踏んだ。下を見ると床に札が散らばって、その札の上に合コンで撮った写真が落ちていた。
たった一枚、翔と撮った写真。
何でこれがある?
「お前の婚約者にもらった。そんなことしなくてもいつでも別れるのに…お前、結婚もうすぐなんだって?」
俺は怒りを覚えた。Ωの女は本当にろくなことをしない。怒りで喉が詰まる。
「結婚はしない。千疾がいるんだから…」
言いかけたところで千疾が首を振った。
「俺はΩじゃないし、お前の番じゃない。…番、とっくに見つかってたんじゃないか。俺、馬鹿だったよ。」
顔は俯いて涙声だ。一度も俺と目を合わせていない。
「千疾…」
このまま、手を離してしまったら、失ってしまう。俺は千疾に近づき、手を伸ばす。
「馬鹿だ。俺…出会って一年だからなんかお祝いしようって浮かれてた。でも、大切な人が死んだ日がそれと被るんだったら、祝えないじゃないか…俺のこと、好きだったわけじゃないんだろ?この顔が、好きだったんだろ?身代わり、だったわけ…『違う!』…」
俺は言い募る千疾の言葉を遮って抱きしめた。千疾は震えていた。
「違わないだろ…まあ、運命の番が俺と一緒の顔だって言うのはちょっとびっくりしたけど。別人なんだよ。俺と、その番は。こんなこと続けるのは、よくない。」
違う。翔は俺のことは運命の番だとは思っていなかった。俺はそうなんじゃないか、でも、違うかもしれないと、そんな気持だった。だけど、俺が千疾に出会った時、ああ、見つけたと思った。それが、運命だったと今では思っている。
「違う。最初は確かにそっくりでびっくりして追いかけた。でも、表情が違うし、しゃべり方も、何もかも違った。言っておくけど、彼とはセックスしたことなかったよ。だって、出会ってすぐに発情期に入る前に事故で逝ってしまったから。」
顔を見たくて彼の頬を両手で包んであげさせた、正面から覗きこむ。ああ、やっぱり泣いている。
「だけど…俺はβだよ?それも男なんだ。蒼羽は雲仙家の跡取りなんだろう?結婚はしなくちゃいけないんだから、俺とはもう、別れてもいいだろう?」
あとからあとから零れおちる滴は透明で凄く綺麗だった。俺が泣かせてしまった。でも泣くほどつらいってことだ。別れたくないって思ってくれている。
「そんなに泣いて俺と別れられるのかい?別れたくないから、泣いてるんだろ?」
そっと涙を舐めとる。愛しくて胸が張り裂けそうなほどだ。でてくる涙はすべて舐めとってやる。泣きやむまで。
「優しくするなよ。別れる決心したのに。」
逃れようと身じろぐ彼を封じ込む。絶対離さない。
「逃げないっていうまでこのままだ。もう大切な人は失いたくない。本当に千疾が好きなんだ。愛してるんだ。信じて?」
ちゃんと千疾にこの言葉は届くだろうか?千疾が必要なんだと、わかってくれるだろうか。
千疾は、目元を腫らした顔で遠慮がちに言う。
「俺だって、蒼羽が好きだよ。でも、俺はβだから…きっと蒼羽が嫌な目に会うよ?」
思わずキスをした。抱いて踊りだしたい。βだから最高の恋人なんだ。
「初めて言ってくれた。嬉しい、千疾…一緒にいてくれる?出て行かないよね?」
ずっと俺は事あるごとに好きだ愛してると言ってきたけれど、千疾からは明確に好きだって返ってきたことはなかった。初めて聞いた言葉は胸を痛くしてくれた。
千疾は照れた顔をして俺をじっと見つめて言ってくれた。
「蒼羽が別れるって言うまでならいいよ?」
俺は心の中でジャンプした。別れるなんて言う気持ちは微塵もない。
「そんなこと一生言わないから、それでいい。」
これで一生千疾は俺の恋人だ。
婚約は速攻破棄になった。俺は完全に家を出た。絶対に跡を継がないと宣言をして。弟は仕方ないなあと言ってから任せてと頼もしい言葉を言ってくれた。弟は運命の番を見つけている。後継ぎの伴侶を狙う輩は俺に目が向いていたから、探しやすかったと嬉しそうに言っていた。婚約も無事解除できていた。もう何も問題はない。
「…あ、蒼羽ぁ…」
鼻にかかって抜ける声音で俺の名前を呼ぶ。甘いその声は俺の背筋に痺れをもたらし、股間にダイレクトに響く。今はちょうど、千疾は発情期のサイクルに入っていて、彼の体臭はやや強くなっていて、甘い。俺にだけ感じるフェロモンが出ているのだろうか。
具合が悪そうな彼にこうやって襲いかかってしまうのは発情したΩのフェロモンに逆らえないαのサガなんだろうか。千疾は自分は生粋のβだって思っているから自分が出すフェロモンに気付かない。まあ、俺もこの体臭の甘さがなんなのか、気付いてからわかったのだけど。
フェロモンが甘く感じるのは番の証拠だと弟は言った。番ではないΩの出すフェロモンに本能を掻きたてられるけれど、あくまで媚薬のようなもので生存本能なのだという。確かに俺は翔と千疾以外のΩには拒否反応しかない。それが強烈であればある程理性を狂わす。それと番の出すフェロモンは全く違うのだと。
お互いにしか作用しない、心を伝える一種の手段なのだと。結ばれたい、二人の絆の証が欲しい。そんな気持がこめられた、別種のものになるということだ。それはお互いにしか作用しない。
運命の番は魂の繋がりだ。お互いが死に別れない限り、ずっと続く。
運命の番のほかにαからΩへの番にする方法もある。番にするのも、解除するのもαにしかできない。その代わり、番でない他者へのフェロモンの作用がやむ。番のαがそばにいないとそのΩは発情しないというわけだ。
Ωの発情期は子を成したいという強烈な本能によるもので誘蛾灯のようなものだ。優秀な子種をもらって次世代を紡ぐ。番を得るまで。それは否定はしない。今では感謝すらしている。あのトラウマが他のΩを遠ざけて運命の番を俺にもたらしてくれたのだ。
「蒼羽、なんだか最近…俺…蒼羽が、その…欲しくてたまらない…好きすぎて、どうにかなりそうなくらい…」
俺に抱き着いてきた千疾が愛しくてたまらない。欲しがり過ぎているのは俺の方。
「俺もだよ。千疾…気を抜けば抱きつぶしてしまいそうなくらい。」
3年目でやっと千疾の中に半分ほど入れた。それから段々深く分け入ることができて、今4年目の春。ああ、千疾から甘い香りが強くなってきた。俺を求めてくれている。嬉しくて深く入り込む。
「…あ…中、入ってくる…ッ…」
仰け反ってびくびくと震える千疾が色っぽくてますます俺の雄に熱がこもる。中が蕩けて熱くて俺の雄に絡みつく。大量に入れたローションと俺からの先走りで動く度に水音がたつ。
抑えきれずに揺さぶった。蕩けた内部は俺を誘うようで加減を忘れて突き入れる。パンとお互いの肌がぶつかる音がした。
「…―-ッ…あ…あッ…」
今のショックで千疾は達したようだ。きゅうきゅうと俺を締め付ける。千疾の苦しそうに寄せた眉が、汗で張りつく前髪の下に見えた。
「全部入った。見えるか?」
千疾の腰を抱えて浮かせた。俺の眼下にある千疾の視線が結合部に向く。
「嘘、入ってる?俺、苦しいけど…痛くない…」
きゅうっと入口近くの襞が俺を締め付けた。抜けたらきちんと戻るだろう。
「凄く気持ちイイ…嬉しいよ、千疾。動いていいかい?」
根元まで入ったら、抜けなくなるかもしれない。それでも腰の揺れが止まらない。激しく揺さぶって千疾の雄が間で揺れた。
「…あ…あッ…あ…蒼羽…蒼羽っ…凄い、熱い…なんだか、変になるッ…」
それから俺達はお互いに貪りあった。俺を根元まで飲み込んだ千疾は俺を離さずに一晩中繋がったまま求めあった。抜いた後、俺の放った大量の精液が流れ出た。千疾の未成熟の性器の入口まで届いたんだろうか。
Ωの性器が発達する可能性はほぼないと言っていたけれど、少し心配だから定期健診はさせよう。うん。
抜いた後、俺の太さのままに開いてヒクヒクと戦慄く入口がいつ見てもエロい。千疾はいつも最後の方は意識が飛んでしまうので後始末は俺の役割だ。そして朝、いつも千秋が羞恥に悶えるのも眼福だ。
浴室に運んでシャワーで流す。ちゃんと拭いて髪も乾かしてあげても、千疾は起きない。負担を掛けてしまっているなと思う。お互いにさっぱりしてかえたシーツの上に千疾を横たえる。
安心して眠る千疾を見てようやく結ばれたと、視界がぼやけた。
翔と、翔の半身そして千疾。そのすべてが俺の運命の番なのだと、確信した夜だった。
明日の夜は番の儀式をさせてもらおう。そう心に決めた。
心地いい寝具の中で腕に抱え込んだ千疾からの甘い香りに包まれて、俺は眠りについたのだった。
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