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運命の番の章 第1話

 俺の勤め先は一流企業だ。うちはしがない両親ともβの一般家庭(父は中小企業のサラリーマン)で、大学くらいはいかせてもらえる余裕があった。俺は性癖が性癖なのでせめて就職先くらいは親に夢を見せてあげたいと大学受験と就職活動を頑張った。おかげで一流と言われる雲仙グループ系列の商社に入社できた。通知が来た時は震えが来た。俺は秘書課に配属されて無害なβとして毎日の業務をこなしている。  就職から1年経って業務にも慣れてきた頃、会議の資料作成のため、資料室に資料を取りに来た時のことだった。 「…ッ…」  資料室の鍵を開けようとセキュリティカードを掲げた時だった。中から呻き声が聞こえたような気がした。カードを通して鍵が開いた。そっと扉を開ける。 「誰か、いるんですか?入ります。」  室内は電気が点いていなかったので、電気のスイッチを入れた。 「…頼む、近づかないでくれ…」  図書館の書棚のように等間隔に置かれているキャビネットの間から震える声がした。  体調が悪いのかと思って近づくと俺と同じくらいの年齢のやや小柄な男性がうずくまっていた。ネームカードは経理課の色だった。 「大丈夫か?体調、悪いのか?医務室に連れて行こうか?」  近づくと彼が後ずさった。もう壁で逃げ場などないのに。ああ、もしかしてこれは… 「君、Ωだね…もしかして急な発情期?」  青い顔で頷く彼の額には冷や汗が浮いていた。 「安心して、俺にはΩのフェロモンは効かないから。俺βの男にしか欲情しないんだ。αも大丈夫だと思うけど、相手にされないからしたことないけどな!抑制剤、持ってないのか?」  俺の言葉にそろそろと顔をあげた相手は、めちゃくちゃ可愛かった。あーβならよかったのにな。 「ロッカーの鞄の中に、あるんだけど、取りに行く途中でやばくなって、ここならαは来ないだろうと思って…」 「じゃあ、俺が取ってきてあげる。カード貸して?ロッカー何番?」  彼のセキュリティカードを受け取って立ち上がる。経理課、(ひじり)まこと。 「ここは袋小路になってるからドアの側に隠れてた方がいいよ。来ないとは思うけど、αが来たら飛び出して逃げろよ?俺は秘書課の澤野千疾だ。鞄ごと持ってくるから。」  急いでロッカーに向かって鞄を取ってきた。途中でペットボトルの水も買ってきて渡した。  彼が薬を飲んでる間に俺は目的の資料を持ち出して、一緒に出る。 「送ろうか?今日は早退したほうがいいと思う。」  まだ青い顔で彼は頷いた。 「ありがとう。俺は経理課の聖まことだ。」 「オッケー。秘書課と経理課は近いから問題ない。」  そう言って、資料室を出た時だ。  廊下を一人のαを先頭に3人が歩いてきていた。俺はわかって避けたのだが、彼は先頭のαにぶつかりそうになっていた。 「危ない…」  そう腕を引っ張ろうと思った時には彼はαに抱きとめられていた。  カードには雲仙優輝(うんぜんゆうき)と名前が見えた。  惹かれ合う、αとΩを見たのはそれが初めてだった。俺には一生こない、恋に落ちる瞬間を。  以来、俺とまことは時々ランチを一緒にする仲になっていた。 「あれ、なんか、他人の匂いがする。朝帰り?」  クンクンと匂いをかがれた。Ωのまことは嗅覚が鋭い。 「んー、まあ…」  一応ひっかけたことはひっかけたんだが、微妙に終わったのは内緒だ。 「厄介だね。Ωの男にすればいいのに。どうせ性欲処理なんでしょ。」  パスタを頬張りながらする会話なのだろうか。 「一応、付き合えれば付き合うつもりなんだけど、巡り合わせが悪いのかな…」  俺だって溜息が出る。Ωの男なら、男とやっている上に子供もできる。でも俺はΩには欲情できないし、女もダメだった。ときめかないのだ。そういう意味では俺は本当の恋はしていないのかもしれない。 「βは運命の番っていう感覚はないからね。そこはちょっとαとΩが羨ましいよ。」  ちらりとまことを見ると赤くなっている。 「あ、惚気はいらないから。」  そう先んじて言うと真っ赤になったまことが吠えた。 「そんなこと言うと恋人が出来た時惚気聞かないんだから!」  あーほんとまことは可愛い。癒される。まことには運命の番がいる。初めてまことと会った時に廊下でニアミスしたαがその相手だ。本家雲仙家の次男、雲仙優輝。あの時は視察でたまたまうちの社に来ていたらしい。  急な発情も運命の相手が近くに来たからだったのかもしれないな。  たまに惚気た呟きが俺のスマホに入ってくるから、羨ましい限りだ。  うちの会社はΩは他部署の人間と直接かかわらないような部署に配属される。発情期対策だ。αのいる部署とは離され、女性が多い職場になる。俺の部署もそれに近いけど、秘書課は基本的に管理職のαと接触するから、βばかりだ。平等に反するっていう意見もあるけど、適材適所の考え方だと俺は思っている。  そんなこんなでまこととのランチタイムが習慣になってきた頃のこと。  何故かまこととは情事の次の日に会うことが多い。 「あれ、なんか、αの匂いがする。」  なんて鼻が利くんだ!!  蒼羽にマンションに連れ込まれて今朝車でマンションから通勤した。  俺の定期はまだ半分残っていたのにもう使えない。  俺は多分赤くなってるんだろうと思いながらとりあえず告白した。 「うーん、αと同棲することになったんだ。」  思わず恥ずかしくて目を逸らして小さな声で言った。 「ああ、そう。αと同棲…同棲!?」  思わずまことの口を手でふさいだ。 「しーー!!…まあ、俺だって事の成行きに戸惑っているんだよ。」  というわけで、まことに蒼羽と出会ってから同棲にいたるまでを、時系列で簡単に話した。 「そのα、ちょっと変わってるね…」  蒼羽、ディスられてるよ。  帰りはさすがに帰社時間が合わなかったので電車で帰った。  もらったカードキーを使ってマンションに入る。夕飯はコンビニ弁当だ。  蒼羽は遅くなるらしい。カードキーで扉を開けると改めて生活レベルが違うと実感する。  それで気付いた。やっと気付いた。表札、なにもない。苗字、そう言えば教えてもらってないよなあ…。  隣人がいない、というよりは1フロア、蒼羽のものだったけど。  ちなみに最上階だったけれど。  掃除やクリーニングは通いの家政婦さんがやってくれるって話だったけど。  結構いいとこのボンボンだったりして…それとも相当高給取りなんだろうか。  その夜は待っていたけど、遅かったから先にベッド(キングサイズだった。もちろん蒼羽の部屋のベッド)に入って寝てた。夜中に潜り込んでくるのに気付いた。後ろから抱きこまれて背中に蒼羽の体温を感じた。 「お帰り…」  後ろを振り返るとキスされた。 「ただいま。起しちゃったね。」  俺は目元が赤くなるのを感じた。やばい、ドキドキする。 「ううん。いいんだ。」  ぎゅっと抱きこまれて、感じそうだ。 「あー、千疾、ちょっとだけ、触っても…」  どうやら、蒼羽もそうらしい。 「うん。いいよ。俺も触ってもらいたい。」  蒼羽に触られると身体が熱くなる。制御がきかない。  貪るようにキスされて、着ていたパジャマと下着が床に放り投げられる。  あちこちキスされて、痕が残った。 「…ん、蒼羽…」 「可愛い、千疾…好きだよ…」  蒼羽は照れもせず、いっぱい言葉をくれる。俺は恥ずかしすぎて言えなくて、喘ぐだけだ。  口で煽られて、蒼羽の口内に放ってしまう。口から零れた俺の精液を舌で舐めとる蒼羽の顔が壮絶に色っぽかった。  案の定、後孔を弄られてイかされるだけイかされた。俺が途中でギブアップしたので素股もしなかった。ごめんな、蒼羽。  俺と蒼羽はかなり頻繁にセックスをしていると思う。まあ、俺が受け入れられないから素股どまりなわけだが。それでも俺に飽きずに毎回盛り上がってしちゃうのは蒼羽の方だ。俺みたいなβになんでなんだろうと思うけど、俺は素直に嬉しくて。出来る限り応えたいと思って拒否はせずにいた。  ある日、蒼羽が具合悪そうにしてる俺を見て大騒ぎして人間ドックに放り込まれた。頭の先からつま先まで、いろいろ検査された。恥ずかしいことこの上なかった!しかも絶食状態で受けたからふらふら。結局ちょっと貧血体質的な結果だった。よかった。  それ以来、蒼羽からのスキンシップが増え、キスマークも増えた。なんだろうなあ。独占欲なのかな。それはそれで嬉しいけれど。時々匂いを犬のように嗅ぐのはやめて欲しい。なんか汗臭いのかな。

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