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運命の番の章 第3話
付き合って3年目にやっと蒼羽を受け入れられて俺は嬉しくなった。まあ、全部ではないけど。
「澤野さん、凄く機嫌よさそう。なにかいいことあったんですか?」
やば、そんなに浮かれてたか。秘書課の新人βの女性、田中由紀さんが聞いてくる。
俺は彼女の指導役だ。新卒で配属されて、彼女は頑張っている。
「うん。ちょっとね。」
俺が全開で笑ったら彼女の顔が真っ赤になった。あれ?
「そ、そうですか、よかったです!」
そのまま書類に目を落として、俺から目線を外した。何だろうな。俺の顔ってそんな悪いかな。
「じゃあ、おさらいするよ。まずは…」
彼女の指導と、通常の業務をこなしているとあっという間に一日は過ぎていく。
3カ月もたつとつきっきりにならなくても新人たちは仕事を回せるようになった。あとは時々、わからないことを指導するだけだ。年に一度しかない業務もあるからな。
「ねえ、千疾。秘書課の女の子と、付き合ってるんじゃないかって噂が出てるけどほんと?」
俺は、思わず水を吹きだしそうになった。いつのもランチタイムである。
「はあ?何言ってんの?俺に恋人いるの知ってるよね?ってかそんな噂があるのか?」
まことは大きく頷いた。
「ほら、千疾って、浮いた話一つないだろ?狙ってる奴って結構いるんだよね。そもそもモテてる実感はあるのかな?」
え、俺が、モテてる?そんなの初めて聞いたけど!
「え、俺ってモテてるの?」
思わず首を傾げるとまことは額に手を置いて盛大にため息を吐く。まことがモテるのはわかるけど、俺だよ?
「千疾、恋人いるってカミングアウトしてないから普通に女の子からしたら、優良物件だから。気難しい執行部を支える秘書課で出世頭。優しい性格で親切。気配りの鬼だし、男女問わず評判いいよ。αには手を出すべからずって優輝から情報回ってるけど、βやΩには恋人いるって知られてないし。」
なんか褒め殺しをされている気分なんだけど。
「わかった。リングする。会社にいる時はしてなかったけど。」
「早く結婚しちゃえば。あと結婚式出てくれるよね?あーあ。このランチタイムももうすぐ終わりか―寂しい。」
テーブルに突っ伏しながらまことが言ってくる。まことは寿退職になる。当然ランチは一緒にできなくなる。
「もちろん、蒼羽と一緒に出席するよ。あ、でも席は離れるんだろ?俺はまこと側だよな?」
「うーん、そこ難しいんだよね。優輝は兄さんのパートナーだから夫婦扱いでって言ってるけど。」
「そこは会社関係の席に座らせてください。怖いよ。」
きっとすっごい盛大な式なんだろうなあ…いろんな大物が出席するなかで跡取辞退した原因の俺が蒼羽の隣に…絶対無理…あ。
「そう言えば蒼羽のご両親に会ったことない。どんな顔したらいいんだろう!?」
まことはジト目で俺を見てぼそりと言った。
「俺が味わった居心地悪い思いを千疾も味わえばいい。結婚式の準備で俺は毎日すり減ってるんだよ。安らぐのはこの時間だけ。ああ、それももうすぐ終わりなんだけど!」
幸せなくせにいろいろ愚痴ってくるまことは、マリッジブルーって奴かなと思う。
結婚か―出来るとは聞いてるけど、そんな話はしたことないしな。
早速指輪を付けて会社に行った。田中さんが青い顔で聞いてきた。結婚していたのかって。
「ああ、ステディリングって奴?恋人が、嫉妬深いからね。つけるように言われたんだよ。」
秘書課がどよめいた。執行部からも問い合わせがあった。どうしてだ。
「えっと、つきあって3年くらいになるんですけど、ええ、この会社とは関係なくて…はい。まだ結婚とかは考えてないです。はい。」
恋人がいるだけで何故なんだろう?俺公開処刑された感じだ。でも恋人が誰かは言わなかった。
「減るので見せないし教えません。」
と言ったら納得してくれたみたい。
「すっごい噂になってたよ!見せられないくらいの美人を恋人にしてて独占欲強いっていう!!どっちかっていうと蒼羽さんの方だと思うけどね!うちの部署も片思いがいたらしくて泣いてたよ!そんなんだったらアタックすればよかったのにね!ばっかだねーみんな!」
と携帯からげらげら笑う声が聞こえた。まことーーー!!
それから2週間後、まことと蒼羽の弟さんの結婚式の日。
投げられたブーケを受け取ってしまい、女の子やΩの子たちの視線に泡を食った。ぜったい、俺めがけて投げたと思う。
俺は結局、まことの会社枠で出席し、まことの上司さんとぎこちない会話をしつつ。何百人もいる壮大な結婚式に圧倒されながらまことに挨拶しに行った。
「おめでとう。時々はランチしてくれるかな?」
まことは物凄い輝いた笑顔を見せてくれた。幸せそうでなにより。本当によかった。まことは頷いてくれた。
「もちろん。」
俺は傍らで優しい目で見ている優輝さんにも声をかけた。
「まことをお願いします。」
軽く頭を下げた。
「もちろん幸せにするよ。だから千疾君も早く幸せになるといいよ?ブーケ受け取ったでしょう?次は千疾君だからね。」
視線が俺の背後に向かった。それを追うと蒼羽がいた。なんか苦虫を噛み潰した顔しているなあ。
「幸せに決まっているんだが。」
「ちゃんと対外的にもきちんとね。もう大丈夫でしょう。俺はちゃんと力を持ったからね。」
にやりと、優輝さんが口の端をあげた。蒼羽は片眉をあげただけだった。
「まことにも誓ってるからね。兄さんも頑張って。」
「わかってる。」
なになにこの会話。思わずきょろきょろした。俺達の周りには人がいない。他の招待客は少し離れたところで順番待ちをしている。独身とみられる若い女の子やΩの男性の視線が蒼羽に向いていた。そして俺にも。
俺にはあれ誰?蒼羽には憧憬の視線。
「あっとまこと、またあとで。」
慌てて、席に戻る。蒼羽が俺に声をかけようとしてやめたのがわかった。視線だけが追ってきていた。
俺はトイレに行って、蒼羽にメッセージを送る。
『一緒に帰る?』
少しして返って来た返事は裏口で待ち合わせてタクシーで帰ろう、というものだった。
引き出物を持って裏口に向かう。蒼羽が待っていた。待っていたタクシーに押し込まれた。
少し遠回りをしてマンションにタクシーで送られて、部屋に戻ってきた。記者とか巻いたらしい。
「は―、疲れた。二次会は行かなくてよかったの?」
花を生ける花瓶を探しつつ蒼羽に聞くと背後から抱きしめられた。
「千疾が親族席にいないのが、俺は不満だった。」
俺の質問にはスルーなんだと思いつつ、かなり強い力で抱きすくめられてその腕に俺の手を重ねた。
「俺は、恋人なんだし。まことに招待されたから優輝さんの親族席にいるわけにいかないし…それはもう、散々話し合ったじゃない?」
ちょっと怖くてご両親に挨拶はできなかった。蒼羽には普段公の場に出ない長男に対して、いろんな人が挨拶に来ていて、どっちにしろ紹介してもらうわけにもいかなかった。
「結婚しよう。千疾。」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
「結婚式とか嫌だったら籍を入れるだけでいい。二人だけで式をあげたっていい。俺の伴侶になってくれ。」
「俺、βなんだよ?子供産めないよ?」
「そんなのは関係ない。俺には千疾しかいない。」
ポタポタと床に水滴が落ちた。目の前が滲んだ。
「番、現れたらどうするの?」
声が涙声になった。
「俺の運命の番は千疾だよ。」
そう、きっぱりと言ってくれた。もう頷くしかなくて。
「うん。俺も蒼羽しかいないから、結婚する。」
唇に蒼羽の唇が重なる。口付けは長く深く、お互いの気持ちを確かめあうように何度も交わした。
その日はますます深く愛しあって、お互いを確かめた。
そのあと、まことが新婚旅行から帰ってくるあたりで報告をした。なかなか会える機会がないので電話をした。
『よかったね!!式には呼んでね!』
『式はしないで入籍だけで…』
『えええ!?んー、じゃあとりあえずけじめで入籍、式は時期を見計らってって優輝がいってる。俺のブーケ、霊験あらたかだよね!!』
『その表現はちょっと違うと思う。』
でもブーケのおかげかもしれない。まことと、優輝さんが煽ってくれたから先に進めた気がする。
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