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青天の霹靂
結婚してから3カ月、熱い夏だ。俺は会社では旧姓のままで仕事をしている。リングは結婚リングに変えたので察しのいい人は気付いているかもしれない。今までコンビニ弁当か外食だった俺が毎日手作り弁当なので、きっといろいろ言われてる。
まあ、作ってるのは俺だけど。そろそろ貧血の症状が出る頃で、俺は気をつけてはいたんだけれど、その日帰宅したら動けなくなった。なんとかベッドにもぐりこんだけれど、妙に身体が熱くて寝られなかった。
蒼羽が帰ってきたのがわかった。なんだかいい匂いがする。
「千疾?帰ってきてるのか?」
蒼羽の声がする。寝室のドアが開く。
「…蒼羽…ちょっと、体調が悪くて…」
蒼羽が近付くと熱が上がった。なんだろう?これ。いい匂いも蒼羽からする。
「千疾、これは…いつもの貧血か?」
蒼羽の手が額に触れる。ぞくりと俺の身体が震えた。
「みたい、でもなんだかよくわからない。辛くて起きていられなくて…でもそれ以上に、蒼羽が欲しいみたい…」
蒼羽はじっと俺の顔を見て、頷いた。
「夕飯は食べたか?明日は会社を休んだ方がいい。弟から手を回しておく。」
そう言ってスマホを弄って連絡してくれた。
「ありがとう。なんだか食べたくなくて食べてない。起きていられなかったし。」
ああ、この匂いは蒼羽の体臭だ。俺の好きな匂い。それが強く感じるだけだ。
「そうか。ちょっとだけ待っていてくれ。着替えてくるから。すぐ戻る。」
額に置いていた手がポンポンと軽く俺の頭をあやすように叩いた。
俺は頷くと目を閉じる。蒼羽が帰ってきたらなんだか、居ても立っても居られない気持ちになった。身体の奥が熱い。もう一つ、心臓が奥にあるみたいだ。もう、俺の雄が勃ち上がっている。なんだか変だ。こんなの初めてで怖い。俺の身体おかしくなったんだろうか?
しばらくして戻ってきた蒼羽からはボディシャンプーの香りもした。
「千疾、つらくなったら言ってくれ。」
そう言って、蒼羽が俺にキスした。それから俺の記憶はほとんど飛んで、気が付いたら3日経っていた。
体のだるさはあったけれど、あの妙な熱はなくて、すっきりしていた。
裸で寝ていて、あちこちに蒼羽の印が残っていたけど。身体は清められていて、隣に蒼羽が寝ていた。
(これはあれ?やっちゃって理性が飛んで覚えてなかっただけかな?)
まだ、蒼羽のいい匂いがする。俺の好きな匂い。俺は蒼羽にすり寄って眠りにまた落ちた。
「千疾、病院に行こう。貧血体質が酷くなっているのなら心配だから。」
そう言われて、また検査漬けになった。まだ会社には行けてない。
蒼羽が俺のことを心配していろいろ手を打ってきた。まことが見舞いに来た。
「これ定番のお見舞いフルーツ。食べて」
初めてのお客さんがまことだ。蒼羽は俺以外この部屋に入れたことはなかった。
「ありがとう。」
受け取って、テーブルに置いた。まことは俺が出した紅茶を手にしてこう言った。
「ね、千疾、Ωになったでしょ。匂いが変わったよ?」
はい?
俺が呆然としているとまことが俺の身体を嗅いだ。
「番になってるから影響ないと思うけど。…そういえば3カ月に一回くらい体調崩してたよね?」
俺は頷いた。
「Ωの発情期のサイクルとほぼ一緒なんだけど…一週間ぐらい、続いてけろっと治るでしょ。」
俺はこくこくと頷いた。
「もしかして、もとからΩだったんじゃないかな?検査に出て来なくてわからなくて。たまにあるよ。Ωの特徴が隠れててかなり遅くになって現れるの。βだと思っていたのがΩだったりすること。でも千疾の場合はβの匂いだったんだけどなあ。あれかな?αの番の儀式で目覚めたとかかな?」
番の儀式。思わず噛まれたところに手が行く。噛みあとは痣になり、消えていない。
「どうなんだろう?一応精密検査は受けたから結果はわかると思うけど…」
首を傾げて考える。俺がΩ?生まれてからずっとβだ。そんなことがあるなんて、思わなかった。
「まあ、とにかくどっちにしても、千疾が元気になればいいよ。Ωになって子供ができたら先輩としていろいろアドバイスはできるしね!」
そうだった、まことは結婚してからすぐ子供が出来て、出産後いまやっと外に出られるようになったという話だ。本当は子供についてなきゃいけない時期で、今日は無理してきてくれたらしい。
「お子さん可愛いだろうなあ。落ち着いたら顔見に行きたい。」
まことは嬉しそうに笑った。
「もちろん!お義兄さんだもんね。」
まことのおかげで気鬱が晴れた。感謝しないとね。
検査の結果は衝撃だった。
俺は基本はβなのだがΩの生殖器官が同時にあるという。βのホルモンが強いせいでΩとしての性成熟はなされておらず、発見が遅れた。体調不良の原因はΩとしての発情期。成熟してないせいとβとしての身体が抑え込んでいたらしい。αを伴侶として受け入れたせいでΩのホルモンが活発化して遅ればせながら成熟しかかっている、という話だった。
青天の霹靂、と言うほかはない。
もちろんβとしてβの女性と結ばれていれば起こらなかったそうで、それも複雑な気分だ。
βと思われていたΩが性成熟してΩになったという話ではなく、俺は両性具有だという話だった。Ωの男性は男性としての生殖器は飾りでほぼ女性と同義だ。子供を産むためには伴侶は男性でしかあり得ない。
しかし、俺はβとして生殖能力があり、かつΩとして妊娠もできる状況になった、ということだった。
そんな話、とてもじゃないけど受け止められなかった。
方法はいろいろあるらしい。妊娠を望めば、ホルモン誘発剤を投与して成熟を促して妊娠できるようにする。
臨まなければ発情期抑制剤をもらって抑える等。
その場で考えられることじゃなかったので蒼羽と相談してからということになった。
「千疾。」
帰ってから蒼羽が抱きしめてくれた。
「俺はね、幼少期にちょっと事件があって、女性とΩ全般がダメになっていたんだ。生理的に受け付けられなくて。だから一生番を見つけられないと覚悟していたんだ。だから千疾がβで感謝していたんだ。千疾がΩであったとしても俺はますます感謝するしかない。Ωに対する嫌悪感を失くしてくれた本当の番だって。」
俺は蒼羽を抱きながら、少し震えているその身体に寄り添った。
「だから、俺は千疾がどっちを選ぶにしてもその希望に添いたい。どっちの性でも千疾は千疾だ。俺の愛する千疾だ。千疾は俺の運命の番なんだ。たった一人の俺の愛する人なんだ。」
ギュッと強く抱きしめられる。ふわりと蒼羽の香りに包まれた。
「俺は、蒼羽の側にいられるならどっちでもいい。もう、番が見つかるまでって言わない。俺は一生蒼羽の側にいて、蒼羽の子供を産めるなら産んでみたいよ?」
蒼羽がキスをして、俺達はまた愛しあった。俺は自分がβでもΩでもよかった。そんなこと関係なく蒼羽が俺を好きでいてくれること、それだけが嬉しかった。
結局、俺はΩとしての性を選んだ。蒼羽の子供を見たかったし、両親に孫を見せたかったというのもある。そのため、俺は秘書課にいることができなくなりそうだったので蒼羽に相談した結果、人事異動になった。
雲仙グループ本社秘書課への人事異動だ。俺の会社は上を下への大騒ぎになった。
俺もなにが起こったのかわからなかった。俺は優輝さん直属の秘書となり、まことと机を並べた。
まことは非常勤だけど、書類仕事は補佐をしているらしく、在宅でも仕事をこなしてるらしい。
もちろん発情期が来たら休暇を取ってもいいこと。専用の通路を通るので優輝さんとまこと以外顔を合わせない。たまに蒼羽が顔を出しに来るけど、本業は大丈夫なのか心配になる。
ともかく、今は雲仙千疾の名前で仕事をすることになったので、澤野さんとはもう呼ばれない。仕事は以前よりもやりがいがあるし、蒼羽は俺を大事にしてくれている。蒼羽と出会ってからめまぐるしく俺の周りは変わったけれど、蒼羽がいれば俺は幸せだ。
ああ、蒼羽の匂いがする。身体の奥が熱くなる。心が満たされる。
「蒼羽、お帰り。」
「ただいま、千疾。」
帰ってきた蒼羽を迎える。蒼羽は俺を抱きしめてキスをくれる。身体を満たす充足感。ああ、運命の番だ。
俺はやっとその言葉の意味を理解した。
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