12 / 13
翔の章 第1話
僕は大人しい子供だった。本が好きで、勉強が好き。知らない物事を知る欲求が絡む時だけちょっと前のめりになる、平凡な子供だった。
この世界は3つの性があり、僕は最も力の弱い性であるΩの男性だ。Ωの家格では上位に位置する竜泉寺と言う家の一人息子で、有力な家格のαへの嫁ぐことを望まれていた。
でも、僕は知っている。この家の子供ではないことを。
僕のこの栗色の髪と目は黒髪と黒い目の両親と全く違う。顔つきも体つきも全てが違った。
それでも戸籍上は実子で両親はありあまる愛情を僕にくれた。
どうも二人は子供ができない体質だったようだ。何度も不妊治療に通った先で、俺をもらいうけたと、後に知った。俺には兄がいた。双子の兄だ。僕はΩだったけれど、兄はβだ。両親もβ。つまりは僕はいらない子供で、子供を欲しがっていた俺の両親に厄介払いされたということだった。
それでも僕は血の繋がった家族に会いたくてこっそり見に行ったことがある。
僕にそっくりな男の子が学生服で家を出ていく。優しく見送る彼の母親は僕に似て、僕の容姿は母親似であるということがわかったのだった。
僕は不思議なことに何もしていないのに傷ができたり、変な気分になったり、泣いたりしてしまうことが幼少時よくあった。そのことが両親に事情を話させた要因であった。
僕は一方的に双子の兄の身体状況や精神状態にシンクロしてしまうようだった。たまに双子にみられる症状で、原因はわかっていない。一卵性の双子に多いということだった。しかし、僕の兄はβで性が違うというのに、住む場所も離れているのにそれは頻繁に僕に現れた。
両親が内密に調べたところによると兄にはそれは発現してないようだった。僕はほっとした。それなら兄は出生にまつわる事柄を知りえない。知っても、益がない。知らずに済むならその方が幸せだろうと思った。
そんな家庭の事情に思い悩んだのは中学生までで、Ωにまつわる性の仕様に僕は悩まされることとなる。両親はΩだったため、いろいろ僕が危ない目に遭わないように学校や友達も選んでくれていた。Ωのみの通う男子校に幼少時から入った。もちろん、大学までエスカレーター式だった。発情期を迎えた者には単位なども調整してくれた。
僕は何人かの友達ができ、近所に住む、西東譲とは親友と言えるほどに仲がよかった。彼は僕の家庭の事情も知っていて、よくフォローに回ってくれていた。
「よう、翔。合コンがあるんだけど、参加してみねえ?」
大学院に入り二年ほどたった頃だ。僕は薬学を勉強していて薬を開発するのが夢だった。不妊治療や、Ωの性にまつわる不都合をなくすような薬を開発したいと思っていた。
「今さら合コン?僕がいても役立たないでしょ。」
研究室に来ている譲にビーカーで嫌がらせにコーヒーを入れて出すと眉をしかめただけでおとなしく飲んだ。彼は医者になりたくて医学部に入りそろそろ実習に出る頃だった。引く手あまただと思う。イケメンだし。
残念ながらΩの男性同士では結婚できないので(やることはやれるが子供はできない。Ωの男性は基本男性としては役に立たない。しかしΩの女性と番になった時だけ、子供ができる。そのためΩのカップルは不妊治療に悩まされることが多い)基本恋人にはならない。そのためお互いにお互いを恋の相手から除外している。
「いやー、αの知り合いが大物引っ張ってくるからって綺麗どころを頼まれちゃってさ。恋人がいないΩって俺たちの世代じゃ少なくてさ。」
頼む、と拝んできたのでため息をつきながら僕は頷いた。βの男性とαの男性と女性、Ωの男性が参加するということだった。
「僕は積極的に動かないからね。数合わせだからね。」
それがどうしてこうなった。
僕の隣にはその大物αがものすごい笑みを浮かべて上機嫌に俺を口説いてきていた。
彼は雲仙蒼羽、αの中でもトップクラスの力を持つ支配階級の家の跡取り息子。
なぜ、こんな合コンに来てるのか理解不能だ。しかも周りのΩからの視線が痛い。
「あの、その、僕より他の子のほうが綺麗だし、気立てもよさそうですよ?」
彼は満面の笑みで言った。
「俺はがっついてる子は好みじゃないし。βの子の方がいいな。」
え。僕、Ωと思われてない?
ああ、またかと思った。どうも僕にはΩらしさがないようなのだ。キラキラしたΩらしい何か。
「僕はΩなんですよ。皆さん、初め気付かないんですけどね。Ωオーラが出ていないみたいで。」
僕は冗談めかして笑った。ここ重要だからね。性を理解してもらわないとトラブルになる。
一瞬、彼がびくっとしたようだったが、すぐに笑顔になった。
「俺はΩが苦手だからその方が嬉しいね。」
なんだそれ?Ωだったら話もしなかったのだろうか。
「え、ちょっとそれ、失礼じゃないですか?」
と笑って言った。彼もそうかと笑った。二人で並んで笑っていたら写真を撮られた。
でも彼はどうやら諦めないようで、僕も少し、胸の奥と言うか身体の奥がざわついた。俺はこの人に何の感情も持てない。友達にはなれそうだけど、恋人としてはノーだ。
でも、どうやら彼は僕に何かを感じている。そして僕じゃない僕は、同じ何かを感じてるのだ。
久しぶりのこの感覚。
もしかしたら、感じているのは僕の兄の方かもしれない。
「あの、本気にしてもらえないかもしれないけれど、君をデートに誘いたいんだけど、連絡先教えてもらえるだろうか?」
この合コンの最大のモテ男であるところの雲仙蒼羽は、こともあろうにこの僕をデートに誘いたいとのたまったのだった。
お断りしたいのだがちょっと自信なさげにしている感じが可哀想で頷いてしまった。
合コントップの落としたい男№1が、さほど彼に魅力を感じていない、僕としか話していなかったと気づいたのは、譲の言葉があったからだった。
「翔、お前大物食いなのか!?あの人は今まで浮ついた噂が一切ない人なんだぞ!?すげーよ。翔としか話してなかったし。」
いや、そんなことを言われてもなー。
「僕は別に彼に興味あったわけじゃないけどさ―。兄弟の心が疼くみたいだからとりあえず会ってみるよ。」
「うわ、罰当たりなことを!!え、何?例の感覚するの?…あーそりゃあ、仕方ないか。」
譲が納得してたところで早々に会場から逃げ帰った。
いやーなに?あのΩたちの射殺すような視線。いや、だからね?僕が選んだんじゃありませんよ。彼の勘違いですからね。
でも、どうしたら兄に引き合わせられるんだろう。
僕の存在は兄には知らせたくないし。まあ、なんとか、なるのかな。
それにしても僕の番は見つかる気配がないけどね。
メッセで誘いがあって、映画に行くことになった。まさか、当日ホテルに連れ込まれはしないだろうけど、逃げる用意はしておかなきゃなあ。
「お待たせしました。」
待ち合わせの駅前の広場で、彼は注目を浴びて立っていた。いや、僕も待ち合わせの10分前には着いたけど。僕を見つけて彼が嬉しそうに近よってきて、俺の言葉に首を横に振る。
「いや、俺が早く来たんだ。待ちきれなくてね。」
さらりと言うイケメンのこの人は本当に浮いた噂がなかった人なんだろうか。どうやって振ればいいかと僕がこんなに頭を悩ませているのに。
観に行く映画は洋画のビッグタイトルでファンタジーの世界でラブロマンスありと言う話だった。
チケットは彼が取ってくれて、普通のカップルみたいに並んで映画を観た。結構面白かった。
意外なことに彼は涙もろいらしく、恋人同士が引き裂かれざるを得ない個所で涙ぐんでいた。
映画を見た後にイタリアンレストランに入った。
映画館が入っている複合施設内のレストランで特別高級でも安くもない、ごく普通のレストランだった。
俺はαに対して偏見があったみたいで、傲岸不遜とか、貴族主義とか、そんなイメージを持っていたけれど、今目の前にいる彼はとても好ましい人物に見えた。
好ましい人物であるだけで恋人としてみられるかと言うとそうじゃないんだけれど。
目の前の彼はどうやら俺の事を番認定してるみたいだ。端々に遠慮がちだけれど、触れたい、というそぶりが見える。
(多分ホテルに誘われそうなんだよな。僕、好きじゃない奴とキスとかできないし。どうしよう)
もちろんこの心配は意外なことで杞憂に終わるのだけど。
「へえ、研究職を目指しているのか。」
今話題は俺の大学院生活だ。
「はい。両親が苦労したので不妊治療に改革をもたらしたいんです。」
彼は驚いたように俺を見たあと目を細めて僕をみた。凄く優しい表情で、申し訳ない気分になった。
上機嫌になっていく彼を微笑ましい気持ちで見る僕の表情とは裏腹に気分はだんだん暗くなっていく。
そしてレストランを出て、手を握られて、今恋人繋ぎだ。
ほんとにどうしよう。
大きな交差点に出て赤信号で立ち止まる。その時に彼に電話がかかってきた。僕に断って電話に出た。
繋がれた手が離されて、意外に少し寂しいと思った。
その時だ。車が交差点に凄いスピードで突っ込んできた。大勢の人が信号待ちをしているその列に、ブレーキもかけずに。
まっすぐ僕たちに向かってくるそれにふと隣の子供が車線上にいることに気付いた。僕は避けられる。でも、この子供は。母親は茫然と車を見ていた。子供を反対側に突き飛ばした瞬間母親がその子を受け止めて車が突っ込んできた反対側に倒れ込んだ。
僕はヘッドライト部分にひっかけられてタイヤに轢かれた。内臓が逝ったと思う。車は俺を轢いたせいか、彼とは反対方向に走っていった。よかった。手を離していて。
不思議とその時はゆっくり動いてるように見えてきっと一瞬だったに違いない。
「そんな…どう、して…」
震える彼の声が聞こえ、手を握って僕の顔を覗きこんでくる。青い顔だ。ああ、僕はなんということをしたのだろう。彼の好意に真摯に応えてあの時断ればよかった。そうしたら今、彼をこんな顔にさせることも、なかったのに。
ごめんなさい。
「…蒼羽さん、…運命の番は…僕じゃないですよ。きっと…出会えます…だから、悲しまない…で…」
僕はそれだけ言った後、血を吐いて咳き込んだ。多分助からない。
「翔…何言って、しゃべるなよ…もうすぐ救急車来るから…」
僕は心配させないように出来る限り安心させるように笑った。笑えたよな?もう目を開けていられない。
父さん、母さんごめん。僕、親不孝者だね。
「翔…翔!!」
僕を呼ぶ声が遠くで聞こえる。ああ、悲しまないで。あなたの隣に立つ人にきっと出会えるから。
僕の奥で囁く者がいる。待っているからと。
そして僕の意識はブラックアウトした。
ともだちにシェアしよう!