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第4話 変質
それからはずっとそうだった。ほぼ毎日セックスをした。好きだという感情も、互いの魂と肉体への欲望も解き放ったのだ。俺達はただ盲目に愛を貪っていった。
高校生になった。俺は中学でバスケ部に在籍していて、県大会優勝、全国ベスト8に食い込んだこともあり、有名私立高に特待で入学。友生は俺と違って勉強ができたから、実力で同じ高校に入学した。
学校が住んでいた地域と少し離れていたこともあり、少し開放的になってしまったせいのか、俺達が付き合っているとか、ホモだといかいう噂は入学して間もなく広がった。
高校には保育園時代からの幼馴染の愛美も一緒で、友生とは同じクラスでもあったから、やたらと一緒に行動していた。俺の方は、クラスにバスケの特待で入った県外から来た男が居て、そいつと馬が合ったこともあり、仲良くなった。
俺は入ったばかりのバスケ部に慣れることに時間を割かれたし、俺の部活が終わるのを待つ間、友生は一人で図書室で過ごすことが多くなった。
それに、変化と言えば、友生が女子に人気が出たことだ。元々母親に似て色白で顔も整っていて中性的な見た目だし、基本的に話し方も柔らかい。華奢だから、何となく儚い雰囲気がする。そういうところが受けているそうだ。
女子人気の上のホモ疑惑。やっかみでホモ疑惑が浮上しているという声もあり、学校生活をする上で障害というほどにはならなかった。
ただ、違うところで問題が起きた。俺が、上級生を押し退けて、バスケ部のレギュラー入りを果たしたことだ。良い事だし、俺も友生も喜んだが、面白くない人たちも居たのだ。それがあんな事態を引き起こすとは思いもしなかった。
いつものように部活にいくと、数人の先輩が休んでいた。そのことで監督は酷く怒っていたが、何となく不穏な空気を感じていた。
「良生、ちょっとこっちにこい!」
声を掛けてきたのは、同じクラスのバスケ部員荒井だった。
「やばいぞ、先輩たちが腹いせにお前の弟犯そうとしてるんだ」
「えっ?」
「お前がレギュラーになったもんだから。暴力だとすぐばれるから、らしい。昨日の帰りに話してるの聞いたんだ」
何で俺じゃなくて友生なんだ、と思うが、俺みたいな普通の男だと、いくらなんでも勃たないだろう。だから、俺の身内で見た目が中性的で華奢な友生なら、と考えたに違いない。
「やつら、何処に行ったか分かるか?」
「確か、旧校舎とか言ってたぞ」
「分かった、ありがとう!」
俺は怒り狂っている監督を無視して走った。友生のことを考えたらそれどころではなかった。旧校舎は入ったこともなく、一体どこに居るかもわからない。でも、助けなければという気持ちだけでただ走った。
旧校舎の埃っぽいドアを開ける。付けられていた鍵が壊された形跡があった。やはりここなんだ。
中に入ると、白い足跡がついていた。埃まみれの旧校舎を選んだのは間違いだっただろう。俺はその足跡を辿り、ある教室の前に辿りついた。中から笑い声や叫び声が聞こえる。俺は何か考える前に飛び込んでいた。
その後は断片的にしか覚えていない。手前にいた奴から順番に殴り飛ばして、近くにあった椅子で何人かを殴った。突然のことで不意を食らった彼らは、人数が居た割に容易くやれた。
「リョウちゃんっ……!」
服を脱がされて腕を縛られている友生が、力なく座っていた。
「大丈夫か?」
「……うん」
何かされていないか心配だったが、とりあえず服を着せ、今のうちに逃げようとした時だった。教室のドアが開け放たれた。
「お前たち何してるんだ!」
警備員だった。
その後、問題を起こした先輩たちは退部、一か月の休学、俺は暴力行為を働いたということで、俺は二週間の休学、バスケ部は一か月休部させられることになった。母親は親の顔に泥を塗るなんて、と俺を軽蔑の目で見るようになった。
そんなことよりも、問題だったのは、友生が俺ですら触れるのを嫌がるようになったこと。事件のショックだということは分かったが、それだけじゃないのかもしれない。何か、された後だったのかもしれない。
聞こうとしても、友生は口をきいてくれなかった。
俺は二週間後登校すると、それは二週間前とは全く違う状況になっていた。
俺達が双子の兄弟なのに付き合っていること、友生が暴行を受けたことが、全校に知れ渡っていた。学校にいる間中、全員から白い目で見られている気分だった。
「良生」
声を掛けられたのは、放課後になってからだった。荒井だった。
「話があるんだ」
「……ああ」
荒井の後についていくと、そこは誰もいない屋上だった。夕日が地平線に半分だけ見えている。
「話って?」
「いや……お前の弟のことなんだけど」
「ユウの……?」
荒井と友生には接点はなかったはずだが、今は有名人だから、誰でも知っているのかもしれない。
「最近様子が可笑しいらしいんだ。授業サボったり、態度がやたら高慢というか……良くないんだと」
そんなこと、初めて聞いた。友生の様子が最近変なのは知っていたが、真面目な彼が授業をサボるなんて信じられなかった。
「学校でもちゃんと見といてやれよ」
「……ああ、そうだな」
きっと俺が思うよりも事態は悪化している。友生は何処にも痛みを吐き出せないでいるんだ。何とかできる人間はきっと俺だけだ。
荒井と別れて教室に向かう途中で、慌てた様子の愛美と出くわした。愛美は俺の顔を見るなり、世界中で一番醜いものを見るような表情になった。
「あんたのせいで……ユウが可笑しくなったわ!」
「俺のせいって――」
「あんたのせいじゃない! ユウはあんたが思う以上に傷付いてるのよ!」
確かにその通りだ。彼の気持ちをちゃんと考えなかった。バスケができない苦痛や、他人に避けられる辛さなど、自分のことばかりだった。
「……今ユウがどっか行っちゃって……見つけたら教えて」
そう言い残すと走って行ってしまった。
その時言いようもない悪いことが起こりそうな気がした。だから俺も慌てて友生を探すことにした。
いつもいる図書室や彼の教室は既に探しているんだろう。その時、ふと浮かんだのは旧校舎だった。
もしかしたら、という気持ちで旧校舎に向かう。案の定施錠してあるはずの入り口のカギは掛かっていなかった。
中に入ると転々と足跡がついている。その足跡は上の階、上の階へと続いている。
四階の突き当りの教室の中へ足跡はある。中に入ると、友生が窓から薄暗くなってきた空を眺めていた。
「ユウ……?」
俺の声に驚いたように振り返る。そして、俺だと知ると俯いてしまった。
「どうして、こんなところに?」
「……死ぬんだ」
一体彼が何を言ったのか分からなかった。だから、絶句したまま友生をただ見つめた。
「自殺、するんだ。ここから飛び降りて」
「な、何で? 何で自殺なんか……!」
「……僕、犯されそうになったんだよ? リョウちゃんが来るまでにあいつらに色々酷い事されてたんだ! もう……嫌だよ!」
何をされたのか、なんて聞けない。ただ、下半身を露出させた奴とビデオで録画してる奴がいたことは記憶にある。恐らく俺に言いたくないことはされたのだろう。
「それに、僕達男同士の上に双子の兄弟じゃない。世間から白い目で見られて、嫌悪されて生きていくことになるんだよ? 僕はリョウちゃん以外の人を好きになることはないのに、一生そんな風に生きていかなきゃいけないだなんて嫌だ!」
そうだ、友生の言うとおりだった。きっと俺達は一生日陰を歩いていくことになるんだ。どんなに隠し通そうとしても、男二人でずっと生活していれば次第に噂にもなる。それに俺達はただの男同士の関係じゃない。血の繋がった兄弟なんだ。そんなの、許されるわけがない。
「リョウちゃんだって、バスケ部戻ってもあの先輩たちが休学から帰ってきたらどうするの? 僕だってリョウちゃんだって、今度は何されるか分からないよ?」
それを考えると、恐ろしかった。あの時は勢いだけで撃退できたが、そんなまぐれがいつも続くとは限らない。あの時の比で済むとは思えない。
「……お願い、リョウちゃん……死なせて」
友生の目から涙が零れ落ちる。こんなに苦しそうなのは初めて見る。もしこんな理由じゃなきゃ止めたかもしれない。でも、俺はそれに同調した。
せっかく獲得したレギュラーの座も今回の件でなかったことになるだろうし、学校での居場所はなく、そのうちあいつらが戻ってきていじめが始まるんだ。その上一生後ろ指を差されて生きることになる。生きていても、ろくな目に合わない。
「俺も、死ぬよ」
その言葉に、友生はひどく驚いたようだった。だけど、俺達は目を合わせて、頷き合った。一緒なら、怖くない。
あんなに触れられるのを嫌がっていた友生は、俺の手を取ると、窓までぐいと引っ張った。二人で、窓枠の部分に中腰の姿勢で立つ。
「……いこう」
どっちが先にそう言ったんだろう。その声を合図に、俺達は高くジャンプして、そして堕ちた。何処までも続く負の螺旋の中に身を投じるように。
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