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第6-1話
とある2限目の終わり、俺と飛翔は
ざわつく食堂の中、向かい合って昼食を食べていた。
「飛翔はインターン行った会社に就職希望?」
「うん。その予定。とりあえず書類選考は受かったから、このまま順調にいって内定貰えたらいいな。春香もいるし、近くにいれたら、安心だよね。」
「……そうだな。相手は大手だし、こればっかりは選ばれるのを願うしかないけど。」
「だよねー……。離れたくないなー。」
「はいはい。」
「あ、そういえば、今日の朝ね、春香が初めて目玉焼きを綺麗に焼けたんだよ。あの春香がだよ?感動じゃない?」
「……へえ〜…。」
また始まった。春香さんの惚気話。
飛翔は春香さんと出会ってから、俺に惚気しか口に出さなくなった。今のように別の話題をしていても、すぐに惚気話になる。
(春香さんと出会う前だったら、もっと俺の話を聞いてくれていたのに、遠い昔のことみたいだ。)
飛翔の口から久しく「雪雄はどう?」って聞いていない。俺なんか親友でもなく、ただの話し相手で、もう運命の番にしか興味がないんじゃないかと思う。
そんな飛翔の幸せそうな顔を見ていると俺の心は擦り傷みたいに浅い傷を作っていく。
しかし傷ついて血が出ても、距離を置きたいとはならなかった。好きな人には会わないより会いたい。顔を見て、話がしたい気持ちには敵わない。
「あっ、雪雄。」
後ろの方から名前を呼ばれた。振り向くと弓弦が食事の盆を片手で持って、もう一方の手を軽く挙げて振っている。
(飛翔と一緒にいる時に声かけてくるとか珍しいな。)
「どうした?」
「偶然見かけて。俺も一緒に食べていい?」
「………え、飛翔と食べてるけど。」
「駄目かな…?ねえ、暁君。俺も一緒に食べていい?」
「えっ、ああ。全然いいよ。」
「じゃあお邪魔するね。」
飛翔は戸惑った表情で弓弦を見ていた。この2人が話しているところを殆ど見たことがなかったので、そんなに仲良くないのだろう。それなのにわざわざ一緒に食べるのは疑問だが、弓弦の考えはよく理解出来ないので深く考えない。
しかし、こうやって好きな人と身体の関係をもっている人が一緒の席にいると居心地の悪さを感じる。すごく居た堪れない……。
弓弦はいただきますと言った後に食事を始めた。所作が綺麗なので、学食なのに良いレストランで食べてるみたいに上品に見える。何人も弓弦の食べる姿をチラ見しているので、俺の方が食べづらくなった。
「ねえ。そういえば何の話してたの?」
弓弦が食事の間で話しかけてきたので食べながら答える。
「就活の話だよ。」
「そっか。外資系とかはもう内定貰ってる人もいるもんね。」
「だな。羨ましい限りだ。」
「本当だね。……ねえ、暁君はどこか決まった?」
「俺?いや、まだ書類選考通っただけで、今月試験があるんだ。」
「そうなんだ。ドキドキするね。」
「まぁな。あ、遊馬は御曹司だったな。お父さんの会社で働くんだろ?」
「俺は……どうかな。試験に合格しないと雇ってもらえないんだ。」
「え?形だけの試験で内定確定じゃないの?」
「うん。出来が悪ければ、関係なく落とされるよ。」
「そうなんだ。身内にも厳しいんだな…。じゃあお互い頑張らないといけないな。」
「うん。頑張ろうね。」
2人で話しているのを聞いていると、弓弦からピリピリした雰囲気を感じる。父親のことに触れたからだろうか。内心同情していたら、今度は俺に話を振ってきた。
「そういえば雪雄はサンヨウ(株)の書類選考発表今日じゃなかった?」
「ああ……。そうだよ。」
「受かってた?」
「とりあえず。」
「そっか。おめでとう。」
「まだ書類選考だけだけどな。」
「でも最初の一歩じゃん。」
「ん。」
会話の途中で飯をかき込む。俺は特にやりたいことがなく、とりあえず事務系の仕事をしたいと漠然と考えて、何個かエントリーシートを提出した。とりあえずニートは嫌なので何処か受かってほしい。3年の時に取った簿記3級が役立ってくれたらいいが。
「雪雄がサンヨウ受けてたんだ?結構いいところじゃん。知らなかった。」
「ああ……、だって書類選考なら他にも沢山送ってるし、言って落ちたら恥ずかしいじゃん。」
「ははっ、弱気だな。他はどこ受けたんだ?」
「他?他は……東内とタチカワ、あと丸井ってところ。わかる?」
「東内以外は知らないな……。遊馬はわかるか?」
「ああ、うん。雪雄に聞いてたから。後の2つは流通だったよ。事務仕事があって、待遇もよさそうなところを、とりあえずあたってるみたいだから。」
「へえー。雪雄は事務系がいいんだ?」
「まぁな。いざ入ってみたら営業とかなりそうで怖いけど。」
「だよなー。希望部署にはなかなか行けないって聞くし。」
久しぶりに飛翔が俺の事を聞いてくれて、内心嬉しくなる。弓弦ナイスだ。
「ああ、そうだ。雪雄、夕食は俺の家で食べようよ。」
「え、急だな?いつも他の奴と飯食ってんじゃん。」
珍しく弓弦が夕食を誘ってきた。弓弦はほぼ毎日、嫌々ながらも友達と食べに行っている。変に詮索されたり、距離を縮められない為に必要な事らしい。俺は基本その食事会には誘われないのでわからないが、確かに俺に突っかかってくる奴も弓弦と食べた後は不思議とあたりが弱くなる。
「午前中講義なかったから、朝にカレー作ったんだ。食べるでしょ?」
「すご……。よく朝から作る気になるな。」
「無性に食べたくなってさ。ちゃんと甘口用意してるよ。」
俺は舌がおこちゃまなので甘口カレーじゃないと食べない。弓弦は何でもいいらしい。
「それなら食べる。」
「よかった。今日3限までだよね?」
「うん。」
「俺も3限で終わりだから、一緒に帰ろう。」
「おー。」
弓弦はにこにこと笑っていて機嫌が直ったみたいだ。
「あ、あの!遊馬さん!」
食堂の騒めきに負けない大きな声が近くでしてびっくりする。向かいの奥の席から女性が2人立ってきた。
「……俺?何か用かな?」
「あの……、さっきの会話聞こえて……!良かったら私もそのカレー食べさせて貰えませんか?!えっと、デザートをお土産で持っていくので!」
「私もお邪魔したいです!私は……飲み物持っていくので!」
(こんな大勢の前でする話じゃなかった。折角機嫌直ったのに、また降下するぞ……。)
家に人を呼んだのは見たことない。今日も愚痴られるなと内心げんなりして俺は成り行きを見守る。
「ごめんね。カレー2人分しか作ってないんだ。」
「え……そうなんですか……?」
「うん。沢山用意してたらよかったね。今度作るときは沢山作るから、機会があったら食べようよ。」
「え……、あっはい!楽しみにしてます……!」
「うん。じゃあね。」
顔を赤らめて去っていく2人を見ながら、俺は小さい声で弓弦を責める。
「おい弓弦、こんな人の多いところで言うから、あんな嘘つかなきゃいけなくなるだろ。」
「嘘?機会があればって言ったよ?呼ばなくても機会がなかったで納得するじゃん。」
「呼ばないなら嘘じゃん……。可哀想だろあの子たち。」
「そうかな?」
「そうだろ。」
「そんな言うならカレー辛口にしとこうかな。」
「意味わかんね。なら食いに行かねぇよ。」
「冗談だよ。」
「ちっ、面倒くせえ……。」
話を逸らされたので軽く小突いてから食事に戻る。声は聞こえてなかったようだが、飛翔が俺たちの様子を物珍しそうに見ていた。
「雪雄と遊馬って本当に仲良いんだな。」
「え?」
「2人でいるところ、近くで見たことなかったからさ、ちょっと信じてなかったんだよ。」
友達のフリをしてたり、sexしてたりしているので仲が悪いとは思わないが、脅されてこの関係になっているので、仲が良いなんて表現は違和感しかない。
「うーん……、普通……じゃないか?」
「雪雄。そこは仲良いって言ってよ。」
「ええ……。じゃあ、仲良い。」
「うん。仲が良いよ。」
「ははっ、何だそれ。」
飛翔が笑って俺らを見ている。というか飛翔から見ても仲が良く見えるのか。ただのフリでも続けてたらそう見えるんだな。
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