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スマホのディスプレイに映ったのは「広田」の文字。見舞いにこない咎めと催促だろう。何回か出ないままに放置した連絡に文句を言われるはずだ。 だからといって病院に行くつもりがないのだから仕方がない。忙しくて行けそうにないと一言いえば済むだろうか。ため息をつきながらタップする。 「はい、藤田です。」 『ようやく繋がった。藤田って・・・他人行儀だな、正享。』 「一応オフィスだからな。」 『忙しいとこ、悪かったな。正嗣なんだけど、随分良くなって飛んでた記憶も戻ったってさ。』 え・・・。 「そ・・うか。よかったな。」 『ああ、一安心だ。美砂緒ちゃん見て思い出すあたりが正嗣らしいけどな。』 「嫁さんの顔を忘れたら駄目だろう。」 ズキンと心臓が捩れる。俺の声は普通に響いただろうか。不自然に聞こえなかっただろうか。 『正確には元嫁だけどな。ホント、なんで別れたのかなって二人だったし。喧嘩したって話も聞かなかったし、浮気ってわけでもないらしい。これを機会にヨリが戻ったりしてな。』 別れた?離婚・・・していたのか。 「別れたって・・・いつ。」 『え・・・。お前聞いてないのか?』 「ああ、初耳だ。」 『今年にはいってすぐだ。』 「そうだったのか・・・最近逢ってなかったし。」 適当にした言い訳。 広田の言った事が本当だとすれば、離婚したあとに俺達は逢っている。それも2回。 正嗣から離婚の事は一切なかった。嫁さんは元気かと聞いた俺にも「ああ、元気だよ。相変わらずだ。」そんな返事をした。俺はそれ以上聞きたくもないし、聞く必要がないからそれで終わった話題。 ・・・なにかあったのか? あったとしても、俺が知っているはずもない。結婚後は正嗣の存在自体から距離を置いて、自分の生活に必死に目を向けてきたのだから。 結婚生活で何があったかなんて、わかるわけがないのだ。 離婚した元嫁の顔をみて記憶が甦るとは皮肉なものだ。 たしかにこれを切っ掛けに元の鞘に収まる可能性がある。俺の事は思い出したのだろうか。 できれば忘れたままで居て欲しい。そしてまた結婚でもなんでもすればいい。 俺には関係ない。 グッとその言葉を飲み込んで広田に言う。 「退院は?」 「ああ、今週で出られるそうだ。打撲の痛みもだいぶひいたようだし。」 「そうか。忙しくて見舞いの時間がとれなくて。落ち着いた頃に退院祝いでもしてやるか。」 『ああ、そうだな。その時は俺にも声をかけてくれ。』 「わかった、じゃあまた。」 スマホを胸ポケットにしまい、オフィスに向かって歩き出す。 退院祝いなどするものか。忘れる努力を継続するほうがずっといい。離婚しているくせに、その女によって記憶が戻ったなんて、やはり俺には太刀打ちできない。 新しい恋・・・今度こそうまくいくかもしれない。 週末、久しぶりに出かけてみようか。

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