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毎日が繰り返される。
新しい恋を本気で望んでいるのかわからないまま、俺は一人で部屋に籠っていた。出逢いを切っ掛けに足掛かりはできるだろう。それにはあまり苦労したことがないから、自分が望めば好きになれそうな誰かに逢えるかもしれない。
でも・・・同じことを繰り返すだけの自分も見える。
だから仕事と家の往復を黙々とこなし、仕事に没頭し続けた。総務課所属で内勤の俺にとって息抜きをする場所は非常階段近くの廊下だ。自販機のコーヒーを片手に非常階段の扉を少しだけあけて冷たい空気に触れる。暖房で温まった温度が外気温によって切り裂かれるような気がして気分がいい。
いつものように外気を顔に浴びた後、扉を閉めて熱いコーヒーをすすった。
そろそろ仕事に戻ろうか、あの入力を午後イチまでにやっつけてしまわないと後が詰まって面倒なことになる。
廊下を歩きだすと、向こうから清掃員が二人用具を押しながら歩いてきた。
心臓が引き攣れギュウと音がするようだ。
正嗣が若い女と何やら話ながら笑顔を浮かべている。仕事・・・か。
このビルの担当を外れたと聞かされたのはいつだったか?去年の今頃だったろうか。
でもこうしてここに居るという事は、また持ち場が変ったのだろう。退院後、正嗣から連絡がきたらどうしようかと不安になったが、電話は鳴らなかった。気まぐれに連絡をしてくる相手に毎日ビクビクしても始まらない。俺から電話をしなければいいだけのこと。そう納得したはずなのに、目の前に姿を見てしまうと心のどこかが喜んでしまう。
正嗣という存在を過去に葬り去るのはなかなか骨の折れる作業になりそうだ。
二人はもう5m先にいる。「見舞いにいけなくて悪かったな。」「後遺症は大丈夫なのか?」「久しぶりだな。」そんな言葉をかければ問題ないだろう。一歩一歩近づく俺達。
正嗣は横の部下らしき相手の顔をずっとみている。
あと1m。
正嗣はわずかに用具のカートを壁側に寄せた。
「お疲れ様です。」
軽い会釈とともに正嗣と目が合う。そこには俺をまったく知らない人間だと認識している表情が浮かんでいた。足を止めてしまった俺をしり目に、正嗣は歩みを止めることなく歩いて行った。振り向いたのは俺だけで、正嗣は俺をみることはなかった。
本当に・・・忘れてしまったんだ。
俺のこと・・・忘れたんだ。
広田は思い出したと言った。確かにそう言ったのに、俺のことは思い出さないまま、日常に戻っている。元嫁の顔や仕事のこと、友達、それは覚えているのに俺は抜け落ちたままということか。
正享なのか藤田なのか藤田正享か、電話帳のメモリーは何と刻まれているのだろう。
そしてその他大勢の名前とともにメモリーの中に埋もれ、かけることもなく消去されることもなく残り続けるのだろうか。俺の存在を忘れてしまったというのに。
力が抜けて廊下の壁をずるずると滑り落ち床にしゃがみ込んだ。
望み通りじゃないか。
神様が願いを叶えてくれたということだぞ。
忘れたいと願った、それが無理なら忘れてほしい・・・そう思った。
そして現実になった。
こんなに胸が潰れるほどに軋むとは予想していなかった。
苦しい
悲しい
寂しい
願い事が叶ったと言うのに、こんなに心が裂けるなんて・・・。
俺はやはり大馬鹿者だ。
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