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「パスタでいい?」 「なんでも大歓迎だ。悪いないつも。」 ニッコリ笑う相手を見ながら、今度は大丈夫かもしれないという淡い期待がわきあがる。 晃希とはその手の店で出逢った。カウンターの端に座り、一人沈んだように酒を舐める姿が目に留まった。誘いは全部袖にして、ただひたすら自分に向き合っている様子が気になって仕方がなかったからだ。内に籠って、どうにもならないことをグズグズ考えるしかない状態は自分にも心当たりがある。 閉店間際の時間になっても立ち上がる気配がない。俺は隣に移動して声をかけた。 「まもなく看板の時間ですよ。」 向けられた顔は涙に濡れていた。自分よりは年下だろう顔は涙のせいで子供っぽく見える。 「一人がいい。」 「わかるよ。」 「何も知らないくせに。」 「知らないが、心当たりがある。どうしたって忘れられないものだよ。いつになったら色褪せていくのか、誰か教えてくれないだろうか。そんな願いすら聞き入れてもらえない。」 俺の言葉はさらに涙をこぼす引き金になってしまった。カウンターに置かれた右手に、そっと自分の左手を重ねる。 「忘れることはできなくても、気を逸らせることはできる。一時的に何も考えられなくなることは可能なんだ。そういう時くらい人肌に頼ってもいいと思うよ。それとも一人で泣き続ける?」 涙を拭って立ち上がった男は言った。 「お願い・・・します。」 それから2ケ月。俺達の関係は続いている。 別につきあっているわけでもないし、お互い彼氏だという認識はない。それは俺達二人とも心の中にしまいこんでいる男がいるからだ。 相変わらず正嗣は俺の心から出ていくことを拒んでいる。向こうは俺のことを覚えていないというのに。何度か廊下ですれ違ったが結果は同じだった。オフィスビルの中にいるサラリーマンを見るのと同じ視線。「藤田正享」ではない「ビルで働く人」程度の認識。 最近はその姿をみることもなくなった。持ち場のビルが変ったのだろう。 晃希の想い人は妹と結婚した。ずっとひた隠してきた想いは報われずに終わり、最悪の結果を迎えたわけだ。好きな男は自分の「義弟」というポジションに収まり、一生縁が切れないとはあまりに残酷だ。 俺達の恋人ゴッコは継続され、一緒に過ごす時間を素直に楽しむ。好きも愛しているもなし。 でもなんとなく今までと違うような気がする。 それは互いに忘れられない男がいるという共通点だ。自分が相手にとって一番ではない、そのことに苦しむことが無いし、非難されることがない。それだけで気が楽になり余裕が生まれる。俺達二人の時間はとても穏やかだ。 そのうち想い人の色が褪せることになれば、お互いがお互いの一番になれるかもしれない。 そんな可能性すら生まれはじめている。 晃希はどうなのか聞いたことはないが、あの日から泣いている顔は見ていない。一人になったときに涙を流すのかもしれないが、俺と過ごしている時はとても優しく柔らかい青年だ。 俺の世話を焼き、笑わせて、自然に甘えてくれる。 今度は大丈夫かもしれない。 大馬鹿者から普通の男に変われるかも・・・しれない。

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