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⑭
意を決して2回、木藤商事の総務のフロアに行ってみた。オフィスから出ていく人間よりも入っていく数の方が多い。中で仕事をしている社員は営業のように動き回らないのだろう。
時計を見ると、そろそろ取り掛かる時間になっていた。正享という男のことはわからず仕舞いだったが、本当は気が付いている。電話をかければいいだけのことだ。
廊下にいるから出て来てくれないか?そう言えば正享という男の事はわかるだろう。
でもそのあと何を言えばいい?「どうやら貴方の事を忘れてしまっているようです。思い出す手伝いをしてくれませんか?」とでも言うのか。
親しかったはずなのに、俺は離婚のことを言っていない。
それに退院してから一度も電話がかかってこない。かれこれ4ケ月たっているのに一言もない。広田の知らないところで喧嘩でもしたのだろうか。でも喧嘩をしたとすれば快気祝いなんて言うか?言わない。
でも・・でも・・・でも、どうして、どうして、なぜ・・・なぜ・・・なぜ。
浮き上がる沢山の疑問に答えはない。
これ以上ここにいてもしょうがないと諦め、持ち場のトイレに向かった。
さっさと掃除を終えてコーヒーでも飲めば、このガッカリした気分も持ち直すだろう。
フロアの一番隅の奥まった場所にあるトイレ。
ここはオフィスではなく会議に使う部屋や書庫のスペースになっているようで、人とすれ違うことは稀だ。トイレもあまり使われていないから掃除も楽だったりする。
てきぱき終わらせれば休憩をよけいにとれるだろう。掃除ロッカーから清掃中のスタンドをとりだし入口に置いた。
なんだ・・・?
切れ端が迫ってくる。封印した記憶の断片。
いつもは抵抗するのに俺はしなかった。脳裏に映るままに、その時の時間に戻るならそれもいいと委ねる。俺の忘れている、いつかの出来事にフワリと身を任せた。
仕事をするためにトイレに向かう俺の姿が見える。
持ち場のトイレの前には「清掃中」のスタンドが置いてあった。今日は自分しかいないはずだし新人は別のビルに行っている。
仕舞い忘れた?そんなことは絶対にない。ということは誰かが置いたということか?
「おかしいな。」
女子トイレと男子トイレの中間にスタンドを置くことはない。静かに女子トイレの中を覗く。個室の鍵はすべて青だったから全部空室だった。誰もいない。
男子トイレを同じように覗く。
ガタン。
「んんっ・・・・あっ。」
え?なに?
慌ただしい衣擦れの音と、シュルシュルと何かを引っ張る音に体が固まる。
「ネクタイが汚れないようにしなくては。ついでに見えないようにしてやろうか?
どうだ、寿。」
「や、ちょっと。んん・・・。」
響く水音はピチャピチャとトイレの個室に溢れ出す。自然と息を詰めてしまっていたらしい、ゆっくり吐き出すと少し楽になった。
「取引先にきて大胆だな。俺の顔をみて盛るなんて、かわいいじゃないか。」
「あ・・・も、正享。」
ひっ!と声がもれて慌てて口を両手で塞ぐ。
「誰かいるのか?」
「まさ・・・たか。いないよ。掃除中の看板だしておいたから。早く・・・誰か来る前に・・・。」
ガタン
ぴちゃ・・・ぴちゃ・・・クチュ
正享・・・なのか?それに相手だって男・・・だ。
カチャカチャ
ジジジジ
パサ
「壁に手をついて。驚いた・・・いつの間に仕込んだんだよ。」
「んん・・・あっ。打ち合わせの前・・・に。すぐ突っ込んでもらえるよ・・・う・・に。ああああ!!!」
ピリピリ
「なんでゴム・・・。」
「寿、後ろでイケるだろ?壁にぶちまけた精液はやっかいだからな。挿れるぞ。」
「おねが・・い。ねえ・・・マサ・・・。ああああ!!!」
衣擦れと水音、さっきとは違う粘膜がぶつかるヌチャヌチャとした音が身体をカっと熱くさせた。心臓は爆発しそうな勢いでドクドク動いている。
個室の扉の向こうでは壁に手をついた男に正享が後ろから圧し掛かっているのだ。
腰を激しく前後に揺らし、相手の男から簡単に喘ぎ声と快楽に溺れる吐息を引きだしている。
「ひ・・さし・・・いい、すごくいい・・・お前の中、最高だ・・・あっ。」
「まさ・・・・あああ・・・も・・すぐ・・・ああ。」
うわ言のように快楽に溺れている事を言い募りながら二人の動きが速さを増す。
見えていない・・・でも見える。
熱に浮かされた正享・・・
ズクン
今まで経験したことのない衝撃が身体を貫いた。
完全に勃起しているのがわかる。有り得ない程に固く熱を持って痛みとともに触れていないそこがジクジクと疼き続ける。・・・我慢・・・できない。
「も・・だ、ああっ!我慢でき・・あっ・・・むり!」
「ひさ・・し。もうすぐ・・・だ。」
薄い制服のズボンの上から握りこむと、信じられないくらいの快感がうねった。
痛い、熱い、気持ちがいい!
「あああ!いっちゃう・・・いく・・・イク!正享!!!ああああ!!!」
「うっ・・・く、でる!イク!」
ガタン、ドン
ゼイゼイと聞こえてくる荒い呼吸音を聞いて我に返った俺は、そろそろと後ずさりをしてトイレを出た。
そのまま階段を駆け下り、1階下のトイレに駆け込む。
個室に入り込み便座をあげ、右手をズボンの中に突っ込み強く握ると脳天が痺れた。歯を食いしばりながら、左手で下着ごとズボンを引き下ろす。
「はあ、はあ・・・・あ、くそっ!」
ただのマスターベーションだというのに恐ろしい快楽に支配されて全身が戦慄いた。
ベタベタの陰茎は高々とそそり立ち、どんどん溢れ出る液で手のひらが滑る。信じられない速度で吐精感が嘔吐のように内臓をせりあがってくる。
抵抗など無理だ・・・あまりに強すぎる。
「ううう!ぁあああ!」
便座に逆向きで乗り上げ、左手でタンクを抱えて絶頂に震える身体を支えた。
吐き出された精子がポタポタと音をさせながら水面に落ちていく。
ドロドロに濡れた右手が握るモノは吐きだしたというのに、まだドクドクと脈打っていた。
搾りとるように根元から先に指を滑らせる。
ポタ・・・・ポタ。
垂れそうになった唾液を飲み込み、深呼吸をしながら息を整える。
どのくらいそうしていたのだろう。
熱波のような熱が引き、身体と頭が動くようになったのはしばらくしてからだった。
汚れた右手とダラリと力を失ったペニスをペーパーで拭く。
馬鹿みたいに何度も手を洗いながら、恐る恐る顔をあげると鏡に映った自分の顔があった。
見ていられなくて顔をそむける。
こんなに物欲しそうな顔をした自分なんか見たことが無い。
どうしよう・・・正享
どうしよう・・・美砂緒
どうしよう・・・
ギュウ~~ンと音がするように鏡がうねり、壁と混ざって遠ざかって行く。
気が付けば、自分の持ち場であるトイレの前だった。スタンドの前で立ち竦んでいたのはどのくらいの時間だったろう。
掘り返した。
封印してやろうとした自分に打ち勝った。
罪悪感なのか、男で抜いてしまった事に恐怖したのかわからない。たぶん罪悪感が大きかったと思う。だから美砂緒を抱けなくなった。
それなのに電話をしただけで欲情したのだ、相手が正享だったからだ。
知らない男を抱いている正享の姿が浮かんで、話をしながら俺は欲情していたからあんなことになった。
そして事故に遭い何もなかったことにしたのだ。記憶を埋め込むことで。
忘れることにしたのに、俺は思い出すことを選択して途切れた記憶はクリアになった。
クリア?馬鹿馬鹿しい。
新たな混乱をうみだしただけだ。
俺はこの先、どんな顔をして生きていくんだ?正享を忘れたふりを続けるのか?
とりあえず仕事をしよう。
綺麗になる過程を見て安心しよう。
今の俺にできるのはこれしかない・・・。
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