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「正享さん、電話鳴ってるよ。」
肩を揺すられて目が覚めると、確かに電話が鳴っている。ベッドから離れているテーブルの上で、白い光が揺れていた。
「なんだ、こんな時間に。」
晃希はモゾモゾと手を伸ばして自分のスマホを光らせる。
「んん・・・1:30すぎ。大事な知らせかもしれないし。」
「だな。」
温かいベッドの中から寒い室内に仕方なく出る。急いでテーブルの上のスマホを手に取ると、そこに映った文字が俺を凍らせた。
【正嗣】
「・・・どうして。」
思わずでた呟きにハっとした俺は、後ろを振り返った。
ベッドの中にいた晃希が俺をじっと見つめた後、ゆっくり背を向ける。その仕草が俺の心を引き攣らせ、キシキシと痛みがはしる。なんだって、こんな時間に・・・。
指が画面をスライドしていくのをボンヤリ見ながら、潮時はどこに消え去ったのかと悲しくなった。
「はい。」
『悪いな・・・こんな時間に。』
以前は「わかっているなら掛けてくるなよ、どうした?」そう軽く答えて正嗣が気を使わないようにした。でも俺は何も言ってやれなかった。正嗣に優しい言葉をかけることがひどい裏切りになるように感じたのだ。
潮時だと諌めた自分の心にか?
背を向けた晃希に対して?
それとも忘れると決めた正嗣に対してか?
『明日・・・時間あるか。』
「唐突だな。」
『悪い、俺・・・余裕がないんだ。夜でいいから・・・。HKホテルに来てくれないか。部屋番号はメールするから。』
「何言ってんだ?」
『悪いな、寝てただろ?』
「おい!正嗣。意味がわからない。」
後ろでピクリと動く晃希を感じた。正嗣という名前で察したのだろう。俺の心にしまいこんだ男の名前だ。晃希の想い人は義人。もう俺達は相手の名前を呟きながら思い出話をすることはほとんどなくなった。うまくいかない心変わりや、もし想いが通じたらどんな毎日だったろうと言い合い、傷を舐め合う時期を通り越したから。最近俺は晃希を、晃希は俺を見ていた。
正嗣という名前が俺達の時間に水を差したように感じる。急に寒くなった俺は切れたスマホをソファに叩きつけた。ポシャと音をさせたスマホは跳ね上がって床に勢いよく転がりおちた。
「くそっ!ふざけるな!」
ベッドの中の晃希は動くこともなく、何も言ってくれない。
涙が滲みだしそうになって、歯を食いしばって天井を睨む。何に対して泣きそうになっているのかわからないまま、ノロノロとベッドに向かった。
ゆっくり晃希が身体の向きを変え上掛けをめくってくれた。その優しさに、また涙がでそうになる。
「正享さん、そこは寒いよ。風邪をひいちゃう。」
「・・・うん。」
急いで布団の中に潜りこみ、縋るように晃希を抱き締めた。
「明日お昼を一緒に食べたら、俺は帰ります。」
力を込めてきつく抱きしめる。
口をひらこうとしたら、優しくキスで塞がれた。
「謝らないで。そっちのほうが・・・ふぅ~。よかったね。」
「いいはずがないだろう!」
「はっきりするってことだよ?ちゃんと気持ちを言ったほうがいい。というか言ってほしい。俺は大丈夫です。正享さんのしたいようにするべきです。このままずっと宙ぶらりんのほうが苦しいだけだ。それは俺が一番よくわかっているから。」
俺達はそれ以上言葉を交わさないまま、眠りが訪れるにまかせた。
何故、なぜ、どうして今頃。
やはり、それには答えは返ってこなかった。
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