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第3話

 気難しい上客との交渉を終えて一息ついたのは夜も更けた頃だった。 「ちょうど未開のオメガ部族が入荷したばかりです。発情期に入った個体で一匹、躾のために別にしてある物がありますが、いかがでしょう」  気怠く長椅子にもたれかかると、心得たように執事が提案してきた。確かに昼間のジェフリーとの逢瀬を邪魔されて、吐き出しきれなかった熱がもどかしく残っている。  オメガ奴隷など、ジェフリーの代わりになどなるわけもないのだが、持て余した欲を叩きつけるだけならちょうどいい。  地下の調教部屋に足を向ける。  普通、アルファというと発情期のオメガにあてられれば我を忘れるというが、ヴァージルは子どもの頃からオメガに囲まれてきたせいか、他のアルファのように我を忘れるまでになることはない。  もちろん、アルファやベータを相手にするのとは比べるべくもないのだが、どこか冷めた感情があるのが常だった。 「私を満たせるのは、やはりジェフリーだけなんですよ。ああ、でもジェフがアルファにあてられて狂っているのを無理矢理押さえつけて犯すのはとても楽しいですがね」  そう思って、ふと、今日預けたオメガ奴隷も、抑制剤など与えずにおけばよかっただろうかと、今更ながらに思う。  次にジェフリーがここを訪れる時には是非ともオメガ奴隷を伴ってもらおう。今日別れたばかりだというのに、次の来訪が待ち遠しくてたまらない。  それまでは地下のオメガで暇を潰しているしかないか。  地下は主に奴隷の品定めをするための場だ。その奥にヴァージルが作った調教部屋がある。発情状態になった反抗的な奴隷を縛り付けておき、身の程を分からせる。責め苦を与えるのも同じオメガだ。  そこでは悲鳴と嬌声が絶えることがない。  時々、ヴァージルはそこにどう猛な獣と化したアルファ貴族たちを呼び集め、盛大に宴を開くこともある。  一度入ったらどんなに反抗的な奴隷でも、出てくる頃には壊れて自分から尻尾を振るようになる。たまに壊れすぎて使い物にならなくなる物もあるが、そうなれば最下層の穴倉に放り込んで終わり。  どうせオメガなど辺境からいくらでも仕入れられる。惜しむ必要もない。 「今日のオメガは、珍しく戦闘民族であるとかで、相当気の強い者のようです。発情期だというのに手下の者が数名負傷いたしました。お気を付けください」 「ほう、それはめずらしい」  執事が告げた言葉に、今まで大してそそられもしなかったが、少しばかり興味がわいた。  基本的に発情期のあるオメガは戦闘になど向かない。辺境のオメガたちのほとんどが、アルファの蹂躙から逃れるために、森や洞窟に隠れ住むように暮らしてきた。  そういった者たちは従順でしつけやすく、奴隷としても好まれる。  だが、ヴァージルとしては従順すぎる奴隷などつまらないものでしかなかった。 「今日は少しは楽しめそうですか」  通い飽きた調教部屋への足取りが軽くなる。  階段を下り、貴賓室並みの調度で整えられた空間を抜けて、鉄と金で装飾を施された分厚い扉を開けさせる。  その先に今度は重厚な木の扉が現れた。二重になった扉はオメガの発情期特有の匂いを外に漏れさせないため。  アルファによってはこの控えの間に入った時点で興奮し始める者もいる。  ヴァージルはここにきても普段はそう際立った何かはない。ただ、その日は少しばかりいつもとちがった。 「例のオメガをここに運び込んでからそう時間はたっていないのですか?」 「いえ。ジェフリー様がいらっしゃる前ですから、もう数時間はたっております」 「その割には、匂いが……」  鼻につく甘い、オメガ特有の香り。普段ならそんなに気にすることもないはずのそれが、妙に今日は気に障る。珍しく凶暴なオメガだというから、匂いも強いのだろうか。 「旦那様?」 「なんでもありません。扉を開けなさい」  きっと気のせいであろうと思い、扉を開けさせる。  だが、その途端。  部屋に充満した甘い、強烈な匂いがヴァージルを襲った。  目の前が眩んだ。体が一瞬で火照っていく。  熱い。  ふらふらと足元がおぼつかない。だが、内からこみ上げるいいようのない衝動に、身体は、心は勝手に逸っていく。  匂いに誘われるままそれにヴァージルは歩み寄った。  中央に設えられた大きな寝台の上に縛り付けられた、日に焼けた小麦色の裸体が、潤んで熱を帯びた眼差しでヴァージルをにらみつけた。  轡をかまされた上から繰り返される熱い吐息が、何にもまさる物もない芳しい香りとなって、ヴァージルを誘っていた。 「なん、だこれ、は……」 「旦那様、いかがなさいました?」  その時すでにヴァージルに執事の声は届いていなかった。 「あ、ああ、コレ、は……」  これ以上はいけない。近づいてはいけない。しかし本能はそれを求めた。抗うことなどできるわけもなかった。 「うおあああああ!!!」  ヴァージルは獣の雄たけびのごとく叫び声を発し、目の前に差し出された最上の贄にとびかかっていた。  

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