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人殺しからの出題
「僕、人を殺したんです。しばらくの間ここに置いてもらえませんか」
そっと閉めた戸を背に、鍵をしっかりと締める。
なんだアイツ……。
とにかく、変な奴に付き合う暇はないので顔を上げ、コーヒーでも飲もうとキッチンへ向かった。
最近は、不審者が多いから気をつけなくてはならない。次からはしっかり確認してから玄関を開けよう。脳内反省会をしつつ、コーヒーを入れていく。
「コーヒー飲むの?俺にもいれてほしいなあ」
「ブラックでいいか?ちょっとまっ……て、ろ」
……俺、誰と話してんだ
声がした方に顔を向けるとそこには先程玄関で顔を合わせた男がいる。そう、鍵を締めたのに、いる。
「は!?お、おまっ…どうやって中に…!?」
表情を変えずに、未だニコニコとしてる男にもはや恐怖しか湧かない。咄嗟に持ったサーバーを武器に、臨戦態勢に入る。
「ふふ、それで戦うの?やめときなよ」
「う、るせえ!不審者!」
投げつけた武器はけたたましい音を立てて、男の背後の壁に当たり、中のコーヒーがぶちまけられた。
その様子はまるで、サーバーが男を通り抜けたように見えた。いや、そんかはずないのだが。物体が人を通り抜けるなんて、幽霊じゃあるまいし。
「僕、幽霊なんだよ。だから俺は君に触れないし、君も僕に触れない。」
「んな、こと信じられるかよ!っ、足だってあるじゃねえか!」
ほぼパニック状態だった。なんだって言うのだ、交通事故にあってなんもないって言われて帰ってきたら、見知らぬ誰かと番ってるかもしれなくて、コーヒーを入れてれば、幽霊だ……?一体なんなのだ。
「ほら、落ち着いて。コーヒーでも飲もうよ」
「お、まえのせいで無くなったわ……」
まあまあ、なんて笑う男は依然として表情を変えず。その笑みが何を意味してるのか、何を笑ってるかなんてわからないけれど、男はその笑みを崩すことは無い。
壁、コーヒーの染み着いちゃうよ、なんて呑気に言ってくる自称幽霊をほっといて、サーバーを拾い上げシンクの中に入れる。折角敷金が返ってくるように、綺麗に使っていたのに……
キッチンの壁にあるシミが目に入る。
「お前本当に、幽霊なの?」
俺が一人で夕食を食べていると、その様子をただひたすらに見つめる男。コイツは自分に名がないと言った。
しばらく置け、と強引に迫るコイツを追い出そうにも、追い出せないのだ。
幾度か外にむりやり外に出しても、気付けばまた部屋の中にいる。俺は、五回目で諦めた。
それならと俺はこの幽霊に名前を付けた。幽霊なんだから、「レイ」と読んだ。…安直とか言うな。そもそも俺にネームセンスを問うてるところからしておかしいのだ、期待する方がおかしい。
俺の問いに、またいつもの笑みを浮かべて答えようとしない男に腹が立つ。
「さあ、どう思う?」
どう思う?じゃねえんだよ…いい加減、この問答も辞めなければ俺の精神が参ってしまう。
男は、本当に食べ物を口にしないし、睡眠もとっている様子もない。一度、なんとなく罪悪感を覚えて、食べるか?と聞いたら、「じゃあアーンして」なんてふざけたことをぬかしたので、それ以来その問いは聞いていない。
「ねえ、佐助」
いつも俺を見つめて、話しかけてこないレイが俺を呼ぶ。なんだよ、なんてつっけんどんに返したけれどなんだが少し嬉しかった。
「俺は君のことを愛してるよ」
なんだよ、それ全くもって意味がわからない。コイツは、俺が脱ぎ散らかした靴を揃え、溜まった皿たちを洗い、風呂掃除をして洗濯物をする。まるで家政婦だ。コイツの意図がわからない。
「僕が殺したのは誰だと思う?」
幽霊だというお前が?人を殺す?冗談だろう。
お前は何が目的なんだよ、俺はこの男の穏やかな目を見つめて安心する自分に蓋をした。
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