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出会ってしまった『運命の番』
合コン会場は、都内の某一流ホテル内にあるカフェレストラン。地上二十階からは美しい夜景が一望できる、ロマンチック極まりない店である。
「ここで合コン……だと?」
お見合いの間違いじゃないのか?
訝しむ俺に、|酒々井《しすい》は「しょーがないだろ」と不貞腐れたように言った。
「ここ予約したのは|アルファ側《向こう》なんだから。俺だって店名聞いてビックリしたんだって」
酒々井が驚いたのも無理はない。
普通、大学生の合コンと言ったら会場は大抵居酒屋で、ビールジョッキや烏龍茶のグラス片手に「うぇーい!」とかやるイメージ。……偏見かもしれないけど、初合コンな俺の中では居酒屋うぇーい! が確定なのである。
どこの世界に一流ホテルのレストランで合コンをする大学生がいるってんだ。
「俺やっぱり帰る」
クルリと踵を返そうとするも、腕を掴まれ逃げられない。
「なんだよ久住。お前もしかして怖いのか?」
「……んだと? 俺のどこが怖がってるってんだよ」
「たかがホテルのカフェレストランで、キョドってんじゃねぇ」
酒々井はニヒルな笑みを浮かべてそう言った。
しかし残念なことに、オメガ中のオメガ、歩くビスクドールと称される酒々井がそんなふうに笑っても、全然ちっともサマにならない。
「ホテルの雰囲気に飲まれるな。いいか、これはあくまで合コンだ。見合いじゃねぇ。気に入った相手がいなかったら飯だけ食って帰ればいい。俺はもちろん最初 からそのつもりだ」
「そのつもりってお前……それじゃ相手に悪くないか?」
俺の言葉を酒々井はハンッと鼻で笑うと
「細かいことは気にするな。合コンは見合いと違って一期一会。向こうだってどうせそう思ってるだろうからな」
「けど」
「お前さ、番候補を探す気がないなら、アルファの前で思わせ振りな態度はやめとけよ」
「なんでだよ」
「無駄な気遣い見せて、こいつ自分に気がある? とか勘違いされたらどうする。それで気のない相手にしつこく付き纏われたりしてみろ」
「……それは地獄だ」
「わかったらもっと気楽に考えろよ」
酒々井はそう言うと俺の手を引いて個室へと導いた。
中にはすでに参加者たちが集まっていて、どうやら俺たちが最後のようだ。
「遅くなってすみませーん」
さっき俺に見せた姿とは打って変わった態度の酒々井。
その背に巨大な化け猫を背負 ってるのが見える。ほんと相変わらずいい性格してるわ。
「気にしないで、こっちもまだ一人来てないから」
そう言ったのはアルファ側の席に座る男だった。
高身長で、どこの芸能人ですか? と言うほど顔がいい。アルファの見本みたいな人物だ。
いや、こいつだけじゃない。
アルファ側の参加者は全員美男美女揃い。
一方オメガ側の人間も、やらたキュルルンとしたかわいい系ばかり。
あれ、これ俺浮いてない?
俺だって一応腐ってもオメガ。小動物みたいなかわいらしさに溢れている……らしい。
「例えるなら生後一ヶ月くらいの元気でイタズラな子猫たんのようだ」と兄が言ってたから、間違いないだろう。
だけどここに集まってるオメガはみんな酒々井みたいな生きる人形系。俺とは次元が違う。
見目麗しいお人形の中に小動物が紛れていたら、そりゃ注目度は断然低いに決まってる。
メンバーを見てようや肩の力が抜けた俺は、空いている席に座って飲み物を注文。烏龍茶……といきたいところだったが生憎なかったので、とりあえずペリエにしておいた。
合コンでペリエ。似合わなすぎて、むしろ笑いがこみ上げる。
俺と酒々井の飲み物が来ると、今日の幹事らしいアルファの男が立ち上がり
「まだ一人来てないけど、先に始めよう」
と言ってグラスを掲げた。
なんでも急用が入ったらしく、まだしばらく来れないらしい。
乾杯の声と共にスタートした合コンは、驚くほど穏やかな雰囲気で進んでいった。
まずはメンバーの自己紹介。アルファは全員、某有名大学の学生らしい。番候補を探すと言うよりも、まずはお友だちから……的な、ライトな感覚だと言っていた。
その言葉は本当らしく、その後のフリートークでも誰もがっついた様子を見せず、あくまで優雅に、あくまで上品に振る舞うアルファたちに、いつしか俺は居心地のよさすら感じていた。
――兄さんも昔はこうだったな……。
チャラ男と番ってからの兄は目も当てられないような人間に変わってしまったけど、昔は目の前のアルファたちと同じく精悍で誠実そのものだった。
それが今やどうだ。
デレデレと鼻を伸ばして、弟の前でも平気でイチャコラしまくっている。
おい兄よ、イソイソと番を膝に乗せるな、食べ物をあーんし合うな、五分に一回ハグするな、隙あらばチューしようとするんじゃない!!
あぁ、俺が尊敬していた立派な兄は、どこへ行ってしまったんだ……。
それに引き換えこのアルファたちはどうだ!
兄よ、頼むからこの人たちを見習ってくれっ!!
「あれ、君どうしたの? 元気ないね」
兄への怒りに耽ける俺に、女性アルファから声がかかった。
やべ、一人の世界に入りすぎたか?
「そんなことないですよ。皆さんが素敵すぎて、ちょっとボーっとしちゃったかな、あはは」
真横から酒々井の白々しい視線を感じる。
でも仕方ないだろ、兄のこと考えてましたなんて、そんなの言えるか。
「“皆さん”の中には私も含まれてる?」
「もちろん」
目の前の女性は思わず二度見するほどの美人さん。通りを歩けばオメガがワラワラ寄ってきそうなタイプだ。
なんでわざわざ合コンなんかに来てるんだろ?
「ふふ、ありがと。君もかわいいよね。よかったら隣来ない? 二人でじっくり話してみたいな」
パチンとウインクをされて、あれこれやばい? と気付いて酒々井を見ると、ほれ見たことかと言う顔をされた。
アルファの前で思わせ振りな態度はやめておけとは言われてたけど、俺今そんな態度取ってたか!? ワケがわからない!
大体なんで俺なんだ? ビスクドール酒々井に声をかけてくれよ。小動物なんかじゃなくさぁ!
「ねっ、こっちおいでよ」
「あ、あの、あはは……」
どうする、どうしたらいい!?
突然のことになんと返答したらいいかわからず、頭の中がパニックに陥ったそのとき。
突然、鮮烈なベルガモットの香りが俺を襲った。
「……っ!!」
まるで全身にまとわりつくような、濃厚な香り。鼻腔に入り込んだ瞬間、脳が蕩けて体が熱を持つのがわかった。
香りを嗅いだ瞬間に、身の内からオメガのフェロモンがブワリと吹き上がり、辺りは騒然となった。
――ヤバい……!
発情期でもないのに何故かヒートする体。
こんなアルファが何人もいる中で発情するのまずい。今すぐこの場を立ち去らなくては……。
そう思いながらもなぜか一瞬で力が抜けた俺は、テーブルに倒れ込んだまま全く動けない。
「久住っ!!」
酒々井の叫び声や周囲のざわめきが、やけに遠く感じる。
あぁ、なんなんだ一体。
どうしたって言うんだよ、俺の体は!!
「君、大丈夫?」
さっき隣に来いと誘っていた女性が、俺に近付いて来るのがわかった。
その顔は心なしか紅潮して見える。
俺のヒートにあてられているんだろう。
――このままじゃ俺、この女性 に……。
ゆっくりと伸びて来る手に、貞操の危機を感じた瞬間。
誰かがそれを遮った。
「やめろ」
やけに耳障りのいい低音ボイスに、ズクリと腰が疼く。
「俺の『運命』に手を触れるな」
見上げた先に、ギリシャ彫刻を思わせるような顔立ちをした、金髪の男が立っていた。
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