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まさかの邂逅~アルファ視点~
テーブルに置いたスマホがアラームを告げた。
十九時半。
――そろそろか。
俺は読みかけの経済誌を無造作に鞄に放り込み、冷め切ったコーヒーを煽るとカフェを後にした。
合コンは十九時に始まっている。三十分が過ぎた今、場はすっかり盛り上がっていることだろう。
『頼むから三十分くらい遅れて来てくれよ』
幹事にそう懇願されて、仕方なく遅刻参加することにしたのだが……だったら俺なんて誘わなければいいだろうと、心底思う。
しかし今日の俺は、オメガを誘う『餌』。オメガ側の幹事から提示された条件が、合コンメンバーに俺を入れることだったらしいのだ。
『けどさ、お前が最初からいたら、皆の目がお前に集まるだろ? それじゃ俺らに旨みがないんだよ!』
たしかにドイツ系日本人のハーフである父と、中国系フランス人の母の間に生まれた俺は、かなり人目を惹きやすい。
恵まれた体格と彫りの深い顔立ち、そして光の加減でクルクルと色が変わるヘーゼルの瞳に蜂蜜色の艶やかな髪。
道を歩けばほとんどの女性が振り返り、俺を二度見する……と言っても過言ではない。
たしかに俺が参加すれば、合コンの場は俺の独壇場になるだろう。
実際に今まで参加した合コンは、いつもそんな感じだった。だから最近は合コンに呼ばれる機会もなくなっていたのだが。
しかしやつらは今日の合コンに、並々ならぬ意欲を燃やしている。
何せ相手は、良家のオメガや芸能人が多く通うことで有名な、大学の学生たち。今日集まったオメガたちは、自分のテリトリーを狩り尽くし、それでもなお良質なオメガを求める合コンメンバー の、格好の獲物なのだ。
合コンが始まって三十分。その間になんとしてでもオメガたちの心を掴んでおくから、お前は後からのんびり来てくれ……幹事はそう言った。さらには、そして来た後も誰とも仲良くならないでくれ、とも。
作戦はよくわかった。しかし俺の旨みはどこにある。高い会費を払ってまで参加する意味は?
ごねる俺に幹事は、某リゾート地にある一流ホテルの宿泊券を渡してきたので、それで手を打ったが……せっかく良家のオメガとお近付きになれるチャンスをだと言うのに、それを不意にするのは実にアホらしい。
――退屈な時間になりそうだ……。
盛大にため息をつきながら、会場であるカフェレストランに向かう。
入り口で案内された個室へ向かうと……何やら芳香が漂ってきた。
たとえるならば暖かい陽だまりの中にいるような、安らかで優しい香り。それは一歩進むごとに、その香りはどんどんと濃度を増していく。
バクバクと音を立てる心臓。体の芯が熱を持ち、掌は汗でじっとりと濡れている。
今までに体験したことのない体調の変化に、戸惑うばかり。
おかしい。俺の体は一体どうしたって言うんだ。
「こちらでございます」
店員が個室のドアを開けた瞬間、それまで感じていた芳香が俺に向かって一気に噴き上がった。
目眩さえするような激しい香りの中心に、一人のオメガが見える。
テーブルに突っ伏す彼を見た瞬間、俺はハッキリと悟った。
――『運命の番』だ。
まさかこんなところで『運命』に出会えるなんて。
突然の僥倖に、俺は驚きを隠せなかった。
さらに濃さを増す香りは、番 を求める彼のフェロモン。
俺を誘う発情の匂いに、下半身が急激に昂ぶった。
今すぐ彼を連れ出して、番わなければ……本能がそう叫ぶ。
手を伸ばそうとしたとき、彼に近寄るアルファの姿が見えた。あれは同じゼミに所属する女性アルファだ。
俺の番が発するフェロモンに当てられたらしい彼女は、彼に触れようとして――。
「やめろ」
牽制する声は自分でも驚くほど鋭く、そして低いものだった。
ビクリと体を震わせる彼女。
「あっ、え……?」
普段穏やかに振る舞っている俺が、初めて見せた怒りのオーラに飲まれたのだろうか。
彼女は明らかに怯えた表情で浮かべている。
「俺の『運命』に手を触れるな」
ざわりと室内に動揺が走る。
そんなことを気にせず、俺は『運命』に向かって歩みを進めた。
初めて見る『運命』は、実にかわいらしい姿をしていた。
白い肌が真っ赤に染まり、少し吊り目がちの大きな目は熱に浮かれてとろんと潤んでいる。
薄紅色の小さな口から、はぁはぁと切なげに吐息を漏らすその様 が、あまりにもエロティックすぎて、自身の雄が一瞬で膨張するのがわかった。
こんな姿、ほかの誰にも見せてはいけない。
俺は番を抱き上げると、すぐさまその場を後にした。
「な、に?」
突然のことに驚いたのだろう。
番は俺を見つめながら、そう疑問を口にした。
「大丈夫。すぐにラクにしてあげるよ」
この熱を発散させなくては。
そして今すぐ番にならなくては。
俺の頭の中にあったのは、そのことだけだった。
彼を抱えたままフロントに向かい、一部屋借り受ける。
休憩か宿泊か尋ねられたが、宿泊以外考えられない。場合によっては数日間泊まり込む可能性もあるだろう。
腕の中で番がモゾモゾと身を捩 る。
見ると彼もまた、下半身が硬く立ち上がっていた。体が疼いてしょうがないのだろう。
「もう少しの辛抱だよ」
番の髪にキスを落として、用意された部屋の鍵を開けた。
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