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うんめいのつがいって、なんだっけ?
ふわりと体が浮き上がる。
誰かがしきりに話しかけてくる気がしたが、何を言っているのかよくわからない。
鼻孔から流れ込んでくる芳香。それが思考を蕩かして、頭の中が白い靄 で覆われているみたいな感じがする。
雲の中を漂っているようなフワフワ気持ちいい感覚。酩酊感とはこんな状態を指すんだろうなと、頭の片隅でボンヤリ思った。
不意に、背中が柔らい物に触った。
クッション……? いや、背中だけじゃなく足下までふかふかのこれは、ソファかベッド……?
きっと、随分と質がいいんだろう。
こうして横たわっているだけで、自然と夢の世界に引き込まれそうな……。
眠りに落ちそうになった瞬間、唇が温かい何かで塞がれた。
柔らかくていい香りのするそれは何度も角度を変えながら、俺の唇に触れていく。
「んっ……」
「気持ちいい?」
突然、耳元で声が聞こえた。
さっきしきりに何かを話しかけてきたものと一緒だ。
「だれ……?」
知り合いに、こんな声のやつはいない。
普通なら警戒してもおかしくない状況。だけど不思議なことに、その声がとても心地よく感じて、ずっと聞いていたいとさえ思ってしまった。
「君の、番だよ」
「つがい?」
あれ、つがいって、なんだっけ?
知っているはずなのに、全く思い出せない。
そんなことよりも。
「もっと」
声を聞かせて……そう強請ったつもりが、なぜか再び唇を塞がれてしまった。
だけど、これはこれで気持ちいい。
多幸感がこみ上げて、思わず「くふふ」と忍び笑いが漏れた。
「キス、好き?」
そっか。俺、今キスされてたんだ。
キスなんて初めてしたけど、こんな気持ちいいものだったんだな。
「すき、かも?」
「そっか。じゃあ、いっぱいしようね」
その言葉と共に、口の中にニュルリとした物が入り込んできた。
俺の口内を、わがもの顔で縦横無尽に動き回る。舌や上顎の裏側を丹念に擦られて、次第に息が上がり始める。
「はっ、んふぅっ……」
あまりのこそばゆさに舌を引っ込めたけど
「もっと舌を出してごらん。気持ちよくなれるよ」
と促される。
仕方なく、恐るおそる舌を伸ばした瞬間
「んんっ!」
ヂュッと吸い付かれ、激しく舌を舐 られた。
「あっ、はぅっ……」
舌を苛まれるたびにクチュクチュと淫らな水音が立ち、それが堪らなく官能を掻き立てる。腹の奥がズクズクと疼いて、後孔が湿り気を帯びた気がした。
「腰が揺れてるね。我慢できない?」
我慢? なんの?
わからずに小首を傾げると、「かわいすぎだろ……」とため息交じりの呟きが聞こえた。
「そうだな、一回出しておこうか。ここはもう、いい加減限界みたいだし」
カチャカチャと金属が擦れる音。次いで訪れる下半身の開放感。
「凄いね、前も後ろもビショビショだ」
何が凄いのかわからないが、興奮する男の声になんだかこっちまで楽しくなってきて、ふふふと声を上げて笑った。
そんな俺に男は啄むようなキスを落とすと
「気持ちよくしてあげるからね」
そう言ってツルリと雄を一撫でした。
「――――っ!!」
これまで感じたことのないような快感。
いきなりの刺激に、大きく腰が跳ねる。
「暴れちゃ駄目だよ」
男はそう言って俺の腰を抱くと、雄を握って擦り始めた。
先走りが、相当流れているのだろうか。手が上下するたびに、ジュポジュポと濡れた音がはしたなく響く。
「っぁあ、やっ、あぁぁっ!!」
あまりの快感に、むしろ恐怖すら感じる。
なんで俺はこんなに気持ちよくなってるんだ? あり得ない、絶対にあり得ない!
恐ろしさのあまり身を捩って逃げようとする俺を、男はギュッと抱きしめると「大丈夫だよ」と言って、再びキスをした。
唇を割って入り込んでくる熱い塊。それが男の舌なのだと、今さらながらに気が付いた。
飴でもしゃぶるように、ねっとりと口の中を舐められて、体の芯がゾクゾクとした。
それに呼応するように、下半身が熱くなる。厭らしい音はよりいっそう激しさを増し、ジュポジュポと淫猥な音を奏で続けた。
「ぅあっ、だめ、イキそ」
突然訪れた限界に、体中が強張る。
このままじゃ、男の手を汚してしまう。
「て、はなして」
俺がまだ、耐えられるうちに、早くっ……。
しかし男の答えは残酷だった。
「いいよ、出して。思いっきりイクとこ、俺に見せて」
「……っ!!」
赤の他人に痴態を見られるなんて……絶対に嫌だ!
けれど心とは裏腹に、体は高みへと上り詰める。
「だめっ、イクって、くっ……やぁあっ!」
「イキな」
男の手がさらに激しさを増して。
「あっ、イックぅっ……んあぁっ!!」
俺は腰を仰け反らせて、白濁を撒き散らした。
今までに味わったことのない快感に、魂が真っ白に燃え尽きたような気がした。
しかし一度達したおかげだろうか。熱が引くと同時に頭の中が妙にクリアになってきた。
ーー俺、今一体、何やって……。
「大丈夫?」
目の前に、見知らぬ男の顔があった。
ーー俺、こいつとっ!!
熱に浮かされていたとはいえ、なんてことをしてしまったんだ!?
出会ったばかりの人間と、こ、こんなこと……こんなことって!!
湧き上がる後悔と嫌悪感。
しかし辺りに匂い立つ男のものらしき芳香が、俺の頭を再び蕩していく。
「もう、大丈夫? 次は、俺も気持ちよくさせてもらおうかな?」
「きもち、よく?」
「あぁ。そして最後は項を噛ませてね。今すぐ君を、番にしてね。俺の愛しい『運命』」
心底幸せそうな笑みを浮かべる男。蜂蜜色の豪奢な髪がサラリと揺れた。
それを見た瞬間、俺の脳裏をよぎったのは。
『ちょりーっす!』
突然やってきた兄の番。傷みまくった金髪がトレードマークのチャラオメガ!
蕩けまくった脳みそが、一瞬で冷静さを取り戻す。
カッと目を見開いて、状況確認。
……まずい。この状況は本気でまずい!!
「君? どうしたの?」
心配そうな表情で俺を見つめる男。
明らかに、どこからどう見たって、立派なアルファだ。
つまり、このままこいつと一緒にいたら……俺は……。
――番にされてしまう!!
「うっ……あああぁぁあああぁぁぁああぁぁぁああああああぁぁぁぁっ!!」
絶叫を迸らせながら全身で大暴れすると、俺の足が男のみぞおちにクリティカルヒット。
「ぐはぁ!」と呻き、男はその場に崩れ落ちた。
チャンス!
男が動けない間にサッとパンツを穿くと、一目散に部屋を逃げ出した。
どこへ行く? さっきのカフェレストランで酒々井と合流して……いやだめだ、あの男がまたやって来たら、今度こそ危ない!!
そうだ、家だ。とにかく家に戻らなきゃ!
だけどまだ発情の治まらない体は思うように動いてくれなくて、倒 けつ転 びつなんとかロビーに出た。
自動ドアをくぐるとそこに、オメガ専用マークを付けたタクシーを発見。
「すみませんっ、乗りますっ!!」
急いで乗り込んで自宅の住所を告げながら、緊急用の抑制剤を探して鞄の中をゴソゴソ漁る。
ようやく出てきたエピペンタイプの抑制剤を腕に刺すと、火照っていた体がようやく落ち着きを取り戻した。
――さっきの男……あれは……。
認めたくない。けれど認めざるを得ない。
あれは多分、俺の『運命の番』だ。
本能がそう叫んでいる。
何万分の一、何十万分の一の確率でしか出会えない、唯一の存在。
本来ならば喜ぶべき存在なのだろうが……俺にとっては最悪の巡り合わせだ。
よりにもよって、なんで『運命』なんかと出会うんだよっ!!
咄嗟に交わすことができたけど、一歩間違えば……。
最悪の予想に、ザーッと血の気が引く。
――いいや、大丈夫だ。ちょっとした事故は起こったが、項は噛まれていないから、セーフだセーフ!!
恐らくもう、あの男と会うことはないだろう。
何しろお互いどこの誰だかわかってないんだから、俺を捜し当てることはできないはず。
あのホテルの周辺をしばらくうろつかなければ、永遠に逃げられるんじゃないか?
「くっ……くくくっ……」
「お客さん!?」
運転手の肩がビクッと震えたのが見えたが、そんなことすら気にならない。
あぁ、なんて最高の気分だ。
何しろ俺は、『運命』に勝ったのだからっ!
「はーっはっはっはっ!!」
「うわー、変な客乗せちゃったよ!!」
怯える運転手を尻目に、高笑いを続けた俺だったが。
「やあ!」
後日、脳天気な笑顔を浮かべながら再び俺の前に現れた男を見た瞬間、俺を思いきりあざ笑う『運命』の声が聞こえた気がした……。
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