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長すぎる爪

 右手が震えていた。長すぎる爪がスポットライトを浴びてつやつや光っている。 俺は今なにを弾いていた? 「今まで聞いたどの曲よりもよかった」  がらんどうの場所で人の声がした。聞き慣れた声だ。確かに聞こえるのに人影が見えなくて戸惑っていたら、舞台袖の隠れたところからタバコを吹かしたマスターが出てきた。  俺は慌てて立ち上がってその場に立ち竦む。黒いマスクの奥で口腔がからっからに渇いていた。マスターが茶化すように煙を燻らしながら俺が弾いていたらしい曲を口ずさんでいる。思わず頭を下げた。 「もうとっくに閉店しているから気にしないでいいよ」  赤い唇が弧を描く。少し青味がかった瞳が優しく細まった。怒ってないみたい。  亜麻色の長い髪を後ろに払いながら客席に残っている灰皿にタバコを押し付けた。口紅が色っぽく着いている吸い殻がやけに目に着いた。  彼女の口が、なにかをいうために広がる。 「歌えたのね」  俺は首を横に振る。汗で湿った前髪が額やこめかみに張り付いて鬱陶しい。いくらか金の入っているギターケースをパタンと閉じて足早に彼女の元へ駆け寄った。 「忘れてください」  囁くような声で言う。彼女にしか聞こえないくらいの大きさだ。 「さあ、どうかしら」  マスターはいたずらな少女のような顔をする。目元にうっすら引かれる皺ですらあどけない。心の中で溜息をついた。幸せが逃げるタイプのやつ。 「故郷になにか忘れ物でもしてきた?」  不意に放たれた言葉に反応が遅れる。 「どういう意味ですか」 「今日来たお客さんが、あなたのことずっと見ていたわよ」 「……ごめんなさい、よく分かりません」  まあいいわ、とマスターは半分呆れたような笑顔を俺に向ける。  なんだか心に引っかかる。まあいいや、といそいそと帰り支度をしていたら、軽い感じでマスターが言う。 「あなたの名前を聞かれた」  ぎく、と身体が跳ねた。それを感じた彼女は俺の反応を楽しむように笑う。  

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