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親切
それでなんと答えたのですか、と聞かなければ、彼女は絶対にその先の答えを教えてはくれないだろう。意地悪というわけではない。でも求められてもいないのに答えを言うほど親切ではないと言うだけだ。
一体誰が俺のことを見ていて、俺の名前を知りたいと思ったんだろう。気にはなった。でも答えを聞くことも少し怖かった。この問題に深入りしてしまえば、その誰かが具体的に誰であれば嬉しいのか心の中で答えを出してしまいそうな気がする。それは避けたい。答えを出してしまったら、正解でも不正解でも、きっと戸惑わずにはいられない。
心の中でため息をついた。今日で4回も5回も幸せが逃げているような気がする。
「これからどこに行くの?」
くたびれたブーツの紐を結び直していたら。マスターが言った。
「凱虎 があなたに会いたがっているの」
俺は少し嫌な気分になる。彼は音楽の他にラブとドラッグの話しかしないから。まあ俺に会いたがっているのはどうせセッションしてとか新曲を聴いてほしいとかそういう話だろう。
「店の入り口で待ってるって」
「……どうしてここまで来ないんですか」
「私に会いたくないのよ。会う度説教するからね」
どっちの気持ちもなんとなくわかった。説教されると分かっているならわざわざ近くに行くわけがない。だが彼の女癖の悪さを思うと、彼女が説教するのも分かる。
諦めた。適当にやり過ごそう。断ることが面倒だ。
帰り際俺は彼女に囁いた。
「明日か明後日からしばらく留守にします。一週間くらい」
ああいつものね、と彼女は言う。明日の天気の情報を交換するような簡単な感じだった。
「今度はどこへ行くの?」
彼女は俺が店を開ける一週間、俺がぶらぶらと旅をしていると思っている。俺が嘘をついたから。本当は部屋から一歩も出ないんだけど。
「……海が綺麗なところかな」
「じゃあこの街でもいいじゃない」
確かにな。この街は海が綺麗によく見える。くじらもいるかも。
「ちょうどいいし、あなたが戻るまで凱虎にお願いしようかしら」
それは随分騒がしい店内になりそうだと思った。
俺は曖昧に笑ってごまかす。彼女にさようならを言って店を出た。
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