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深夜の常闇

 地上へ続く随分不親切な階段を登ると、地下の闇よりも鮮やかで冷たくて雄大な深夜の常闇が在った。最後の階段を登りきると、太陽の光と出会わなかった風が全身を冷やしていく。  ここで一回、気だるげな身体の目が覚める。冷たい風と逃れられないようなぬかるんだ深い夜に永遠に沈んでいくような気持ちになる。  誰もいない世界。眠る街でギターを弾く。歌う。唯一お前だけが褒めてくれた声で。朝が来る3寸前まで誰も聞けない歌を歌う。そうすると不思議と生きた心地がする。でも同じくらい胸が締め付けられて海で溺れるような気分にもなる。  背負っているアコースティックギターを下ろしてケースを開いてペグを回してピッチを調整する。音があっちこっちどっかに行く。  誰も見上げない夜空と俺だけが取り残される。濃紺の夜空は海底から見上げた海のよう。海ってきっとこんな感じ。誰もいなくて、暗くて、静かで、広すぎてちょっと怖い。  世界に一人って素敵だ。  でも隣に誰かがいればもっと素敵かもしれない。  この時間だけ俺は自由。なはずなんだけど。  今日はBARの入り口の近くでアコースティックギターの音がした。それも幼い頃から耳に張り付いている旋律だ。この曲を弾いている時、隣には常にお前の気配と息遣いと温もりがあった。  今はない。  いいんだ。うじうじするな。これは俺が決めたことだ。俺が納得して決めたことだ。  だからもうなにも言うな。なにも。なにも……。  導かれるように音のする方へ足が向かってしまう。凱虎かと思ったが、彼がこんなに誰かを引き寄せるような音を奏でられるはずがない。彼の音に魅力がないと言ったら嘘にはなるが、また違う世界の音なのだ。  そんなに人口の多いわけではない街なのに、音の先には少し驚くくらいの人だかりができていた。店の近くの街灯の下だ。俺もあそこでギターを弾いていたことがある。寄ってきたのはせいぜい2人か3人ほどだった。立ち止まって聴いてくれたのは凱虎しかいない。  C、C7、 Fmaj7、E7、Am7……解けるようなアルペジオ。  知ってる。  歌って、というコールに笑顔で返す彼。歌わない。  最後の一音が弦を震わせて余韻になって空気の中に消えた時、人だかりから恍惚の拍手が巻き起こる。そこだけパーティをやっているみたい。 「ありがとう」  そこにいたのは、最後に別れた2年前と少しも変わらない、俺と顔がよく似ている従兄弟だった。

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