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もうダメだ

 距離が縮まってあと2メートル、1メートル……。もうダメだ。 「放せよ!」  つい声を張り上げてしまった。しんと静まりかえる。誰の出した声なのか誰も分からなかったような間ができる。雪の降り積もった朝のような静けさだった。  ああそうだよ、俺だよ。クソ。  不意をつかれた凱虎の腕を振りほどく。弾みで地面に手をついてしまった俺の目の前に誰かの影が重なった。  あーちゃん。  彼の声が耳元から聞こえる。嗅ぎ慣れた匂いと一緒に。彼の熱を感じた。  萼。  まずい。  体の力が毛糸を解くように抜けていく。茹るくらいの熱が体の中心からこみ上げて来そうになった。いや来てる。まずい。  彼を押しのけた。触れたところから感じたことがない感覚が体を駆け巡る。あ、なんか俺、この人に支配してもらいたい。体の力を抜くから覆いかぶさって欲しい体を引き裂くくらいにぐちゃぐちゃにしてもらいたい。死ぬことすらやぶさかではない、てか欲しい萼が、全部欲しい、萼、萼が欲しい、萼。  萼が好き。  熱に浮かされた瞳から、思いが涙になって溢れて来た。  萼、今ここでキスして。抱きしめて。犯して。  閉じていた口を開いた瞬間我に返った。俺今なに考えてた?  最低。 「ついてくんな」  浅く息をして彼に言い放つ。  力の入らない脚で必死に駆け抜けた。  俺、ほんと最低。   *  一人で灰になるくらい走ったら、体だけ機能的に発情しているのに頭は嫌なくらい冷静になっていた。おぼつかない手で古いアパートの鍵を開けて、玄関口でブーツを脱ぐ。なんならきっちり靴を揃えられるくらい冷静だった。  

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