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朝は嫌い
朝は嫌い。突き抜けるような青空も白い雲も、明るい世界も大嫌い。全然優しくなんてないから、嫌い。数時間くらい眠っていた。冬のか細い日差しすら億劫でカーテンは閉めない。
体が苦しくて動きたくない。下肢に力が全く入らない。別の生き物みたいに言うことを聞かなかった。なにが欲しいのかは本能が教えてくれている。だけど一度だってそれを与えたことはない。
全身が熱くて解けそうだった。目を閉じてやり過ごすのも苦しい。上着の上に倒れるように横になりながらぼーっとする頭でスマートフォンを持ち上げた。
大学は退学したけど、専科だった作曲はやめられなかった。俺はαじゃなかったけど、音楽はそれなりに俺を裏切らなかった。聞けばいろんな気持ちに逃避できたし、生み出す力も劣ることはなかった、それが唯一救いだったかな。
家から逃げてからの方がずっと悲しいメロディーが上手になった。ネットに上げたらそれなりにウケたので2年間こじんまりと続けている。広告収入でぎりぎりの生活ができるくらい。
発情期は性欲を誤魔化すように狂うほど永遠にギターを弾いて新しいメロディーを音の中から拾ってひとつなぎの形を作った。
ギターに触れていると落ち着くんだ。求めていたものに触れている気持ちになる。なんでだろう。他のギターではそうはいかない。俺の持っているギターだけ。
だから最低月に一回は新曲が出る。Ωの作る曲って、やっぱりαやβにはない何かがあるのかもしれない。αを惹きつけてβに嫌悪感を抱かせるような、それでも聞かずにはいられないなにか。当たり前だ。だって俺だって人間なんだ。お前らと同じなんだよ。
でもこの曲は俺にしか作れない。
しかし、なんてこった。
こんなに酷い発情期がきたっていうのに、ギターがない、なんて。
昨日道端に置いてきてしまった。まいった。
くすんだ茶色の地味だけど奥が深い色で、低音も高音も空気を綺麗な音に変える俺には少し大きいドレットノート。諦めきれない。だってあれ、ヘッドに銀色のくじらがいるんだ。箔押しになってるの。
それになにより、萼が俺にくれたギターだから。
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