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霹靂

 俺はあのギター以外触ることなんて考えられない。発情期の時はさらにそれを感じた。  あの時近くにいた凱虎に連絡を入れようかと一瞬魔が差して思ってしまったけれど、めんどくさいし俺が凱虎に対して若干怒っているのでやめた。俺だって怒るんだぞ。 『待ってました。霹靂さんの新曲。一つ前の曲も病みつきになる不穏なメロディーで、なんだか狂った不思議の国の話の中にいるみたいでゾッコンでしたが、今回のはまた違うテイストですね。悲しい感じ。エレクトロニカ? でもないような? ですがただただ切ない。深海とか宇宙の果てではこんな音がなっているのかもしれないですね。リピートがとまらないです! 初期の頃に戻ったみたい!』  昨日上げた新曲のコメント欄にコメントが付いていた。この人は真夜中さん。IDがmidnight_addictionだから勝手にそう呼んでいる。まあミッドナイトがアディクションなのはむしろ俺なんだけど。なんか好感が持てた。  この人は俺が動画投稿を始めた直後から毎回コメントをくれている。拡散もしてくれているみたいで、まとまった収入が入っているのはこの人のおかげと言っても過言ではない。知名度もこの人が与えてくれたものだ。  非常に気分が優れなくても、なんだかこの人の言葉だけはからからの喉を潤す冷たい水みたいに俺のことを癒してくれる。泣きたいくらい悔しくて苦しくて悲しくても少しだけそれを忘れさせてくれる。  性別もステータスも知らないけれどむしろそれが心地いい。全然そんなの関係ない。そういう仮想世界だからこそ俺もなんとなく活動できている。そうじゃなかったら俺はオスのΩってだけでマイナスにもプラスにも贔屓目で見られる。引きこもって作曲するより見世物小屋にいた方がいいって言われかねないし。  なんかもうそういうの全部うるさいんだよ。俺は俺なんだよ。  この人は純粋に俺の曲が好きだって言ってくれる。だから好き。 『手ぐせで作るとこういう感じに落ち着くんですよね。好きって言ってもらえてありがたいです。いつもありがとうございます。』  この人だけに返信をするのもなんだか気後れしてしまうから、って来たコメントには簡単に返事を書いているんだけど、最近コメントの桁が増えて骨が折れる。嬉しいけど大変だ。  そのおかげか、界隈では俺はとても親切で優しい人だと流布されている。『霹靂さんって紳士的』『淑女みたいに慎ましい』『少女みたいな世界観』『少年みたいな爽やかさがあるよね』。さて本当の俺とは?  答えは誰も知らない。俺以外は。俺だってよく分からない。  

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