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夜は好き

 上半身だけ起こすと、昼間の日照りのようなヒートは随分静かになっていた。真夜中は結構落ち着いていることが多い。みんなそうなのかは知らないけれど。  夜は好き。誰もいないし星が綺麗だから。空が濃紺で吸い込まれそうなくらい広くて怖いから。  寝汗で衣類がびっしょりだった。髪も雨に濡れた後のようにしっとりしている。初冬だけど普通に水を浴びたい。四肢は昼間より動きそうだったのでシャワーを頑張って浴びた。  食欲はあんまりない。生理的欲求の全てが性欲にシフトしているような気分だ。  押し殺して寝ようと思ったけど、スマートフォンに不在着信が入っていた。凱虎だった。嫌な気分だな。  メッセージが入っている。 『今どこにいる? ギターどうするの? 預かってるんだけど』  五分後にまたメッセージ。 『海の公園に置いておくから勝手に取っていって』  海の公園っていうのは海が目の前にあるという理由から凱虎が勝手につけた名前で、本当の名前は知らない。それで説明がつくのでもうそれでいいことになった。  え? って感じだ。そこはBARにしろよ、と思って送信時間を見たけど午後の昼下がりだ。開いてなかったのか。ていうかマスターに会いたくないんだあいつは。  午後の昼下がりってことは、公園に俺のギターが置き去りにされてほぼ半日経っていることになる。  ふざけてやがる。どうしよう誰かに盗られていたら。嫌な汗が流れる。一番悪いのは自分でいっぱいになって大切なギターを置き去りにしてしまった自分自身なんだろうけど。  俺は下唇を噛み締める。どうするか。普段だったら今すぐにでも公園へ向かうけど。歩いて十分くらいだ。海がすぐ目の前にあって潮風が心地いいけど楽器には毒なのでなるべく弾かないようにしている。  下肢に力はそれなりに入る。歩けそう。体調も最悪だけど最悪なりに最悪じゃない。この時間だったら人にも会わないだろう。フェロモンはβには感じられないみたいだし迷惑はかけないはず。確率は相当低いけれどもしαに会ったら……うん、逃げよう。  上着を着てブーツを履いた。足取りが覚束ない。歩きたくない。ずっと体が物欲しい。気持ち悪い。情緒も不安定だ。でもきっと。  ギターを持てば少しは落ち着くはずだから。  いつもの二倍の時間をかけて公園に辿り着いた。小さい公園で潮騒の音が届くほどの距離に海がある。視界が開けたら潮風が優しく俺を迎え入れてくれた。夜の海風は優しくて冷たい。  下弦の月が水面にたゆたっている。大きい。広い。底なしの常闇と濃紺の世界。星の煌めき。俺のギターはどこだ?  あそこだ、と直感した。二つあるベンチの片方に真っ先に歩み寄ったら、ベンチの下にギターケースが転がっていた。  俺はこの二日で初めてくらいの笑みを零す。  誰も手に取らなくてありがとう。  

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