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本物

 こつ、と耳の奥で頭と頭がぶつかる音がする。触れた瞬間、腕の力が解けてギターが落ちていく。それを拾ってくれたのは萼だった。 「なん、で」 「あーちゃん、ずっと会いたかった」  目が合った瞬間、これは本物の萼で間違いないと悟った。体温も呼吸も温もりも微笑みも全部本物の萼だ。俺は彼に溶け込みそうになる意識を奮い立たせて彼を押しのけた。 「触らない、で。俺……だめ、だから……俺は……」  萼の人生をめちゃくちゃにしてしまう。まずい。なんで、なんで今なんだ。 「あーちゃんがこちらに近づいてくることがすぐに分かった」  上手に何かを考えるには俺の頭は茹だり過ぎているし精神は強い欲求に支配されていた。下肢が濡れそぼり始めている。生々しい。 「すごくいい匂いがしたから。これがあーちゃんの匂い」  耳の付け根に顔を寄せられた。この距離で深く息を吸われて、俺はぎゅっと目を瞑る。 「そそる……」 「っ、が、く……!」 「あーちゃん、こっちみて……」  頤を掴まれて上げられた。視界に入ってきた満点の星空と彼の顔。萼。  こんな顔をしている萼なんて見たことがない。支配されたい。だめだ。だめ。 「が、く……だめ、だから、だめ……俺……離、れて……萼……こんな、の……」  理性は力の入らない手で押しのけようとするんだけれど、本能が俺を彼の胸板から離してくれない。言葉の行動が伴わない。喉から手が出るほど萼が欲しい。自分の匂いを自分でも感じる。ひどい匂いだ。これは。下品だ。最低だ。  萼は俺の葛藤なんて吹き飛ばすように笑う。息がわずかに上がっている。こめかみには汗が溢れている。相当アテられてるαの顔なのに。彼は茶化すようにサムズアップした。 「大丈夫、ホテルに行くまで我慢する!」  だめだこいつなんにも伝わってねえそういうことじゃねえんだよクソかよ。  持ち上げられた頤から彼の手が離れていかない。鼻先が触れ合うくらいの距離でじーっと見つめ合っている。自分と雰囲気が似ているのに、全然印象が違う顔。ずっとずっと恋しく思っていた顔。俺と限りなく似ているのに限りなく似ていない顔。 「物欲しそうな顔してる」  萼が言った。ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。悔しい。悲しい。それなのに。死ぬほど愛しい。好き。欲しい。どうしよう。俺。どうしよう。やだよ。だめだよ。  歪んだ顔から涙がボロボロ溢れていった。 「お前もな」  苦し紛れの言葉が彼に塞がれる。彼の首に腕を絡める、自分の意思を止めることができない。角度を変えて深く深く交わった。口腔に彼の舌が入り込んでくる。萼が俺の頭を荒々しく押さえつけた。逃がさないって意思を感じる。息が。できない。  

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