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死にたい
泣き止まない俺にしびれを切らしたのか、凱虎は俺の手首を掴んで持ち上げた。引き摺られるように立ち上がる。
「……行こ」
引っ張られるままに歩み始めた。彼は周囲のαらしい人集りへ向かって威嚇するように睨みつけると、堂々と道の真ん中を歩き始めた。
まるで悪いことなんてなにもしていないというような歩き方だったが、泣いている俺の手首を掴んで引き連れている様子は通りすがりの人々の視線を集めることに苦労しない。
「……なんか俺がお前のこと泣かせてるみたいじゃん……」
彼はため息をついた。
俺は嗚咽を殺しながら喋る。
「……悪い……泣き止む、から、ちょっと、まって、くれ……」
彼は俺を振り返らずに呟く。
「……いいよ、別に」
なんで優しいんだよ。笑って馬鹿だなって揶揄してくれよ。情けないって呆れてくれよ。いつもみたいにしてくれよ。
そのほうがずっと救われるのに。
それに凱虎は俺の身に起こったことについて少しも言及しようとしなかった。俺がΩでαに襲われかけていたってことくらい馬鹿なこいつでももう分かってるだろ。
死にたい。
「俺、匂いとか分かんねえけど。なんつーか」
俺は思わず凱虎の方を見上げた。そうしたら凱虎も背中から俺のことを一瞥して、気まずそうに呟いた。
「お前は悪くねーよ」
目の奥からまた涙が滲んでくる。
俺は彼の言葉と自分の涙を否定するように首を横に振る。
「いや、俺が悪い」
突然胸ぐらを掴まれた。すごい剣幕で睨みつけられる。
「悪くないって言ってんだろ、シメるぞ」
反射的にごめん、と呟いてしまった。びっくりして涙が引っ込む。解放された。若干咳き込む。俺なんか御構い無しに凱虎はずかずか前を行った。なぜか追いかけてしまう。
「つーか萼さんは? 一緒じゃねえの?」
俺は口を噤んだ。彼の歩幅は普段でも俺よりだいぶ広いのに、体調が芳しくないと追いかけることすら一苦労だった。息が上がるしやっぱり下肢がおぼつかない。
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