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ニート

 ほとんど追い出されるように出て行った。地上の空気は生臭い。夜になっていた。古びたネオンがぱちぱちとソーダ水の泡のように点滅している。  人は疎らで、俺はなんだか凪いでいた。風のない海にポツリと浮かんでいる気分だ。  クスリの切れる三日の間になんとかして来なさい、と彼女は言った。  ギターの重みが恋しい。  どうしようかなあ、と思って、部屋に帰った。  上着を脱ぎ捨てていつもの部屋の隅っこに膝を抱えて座った。三日なんて息をして吐いたら過ぎてしまう。作曲でもしようかな。でもギターがないんだ。歌も歌えない。  なんか涙も出てこない。  虚無。うん。虚無。  なんとなくスマートフォンを手に取ったら、また凱虎から連絡が入っている。時間を見るからに俺をマスターのところに置いてからすぐくらいだ。  こいつ暇だろ。いや人のこと言えないけどね。 『すげえいい女を見かけた……!』  よかったね。 『女優の卯姫子にめっちゃ似てた……!』  それ卯姫子じゃね。  ああそうかよ。だよな。まあ。萼がこの街に来てるってことは、彼女も来ていてもおかしくない。  だって二人は付き合ってるんだから。婚約もするんだから。許嫁だから。  昨日の夜のことを、彼はなんと言って釈明するんだろう。Ωに襲われたとか言うのかな。だから仕方ない。別に好きでもなんでもないんだけど、体が反応しちゃうから。Ωが悪い。  俺たちまた子どもの時みたいに戻れないのかな。恋も愛もない一色だけの好きって気持ちだけの、本当の兄弟みたいで本当に双子みたいだったあの頃に戻れないのかな。  スマートフォンに着信が入った。SNSの通知だ。珍しい、と思った。だいたい新曲の告知しかしないもんだから。  送り主のIDはmidnight_addiction。  真夜中さんだ。 『コメント欄ではいつもお話しさせていただいていますけど、こうやって個人的にメッセージを送ることは初めてですね。少し緊張しています(笑)。でも一番に伝えたいなと思って! 今日はほぼ一日中霹靂さんのページを見張っていたのですが……あ、もちろん普段はそんなストーカーみたいなことはしていませんよ! たまたま今日は時間に余裕があったのです! だから見張れたんです、勘違いしないでくださいね!』  この人絶対ニートだろ。平日の昼間になにやってんだよ。俺もニートみたいなもんだけど。ニート最高。

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