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一度もないよ
着信が鳴った音が聞こえた。少しびっくりした。凱虎からの着信だった。俺もそうだけど、こいつ俺しか友達がいないのか。かわいそ。
あまり声を誰かに聞かせたくなかったけど、まあいいかと漠然と着信を受けたら、彼はすぐによお、といつもの調子で言った。
俺はふた呼吸おいて静かに言う。
「昨日ありがとう、その、助けてくれて……まだ言ってなかったから」
『ああ、いいよ』
彼は浮かない声で言う。
『電話、出るとは思わなかった』
俺も出ようとはさっきまで思っていなかった。
『お前の声、別に悪くないと思う。どうして人前で歌わないんだ? 俺も聞いたことがないし。音痴なの?』
「音痴なんだよ」
そうなんだ、と言ったきり彼はそれ以上追求してこなかった。
『ところでちょっと伝えておくことがあって』
「なに?」
『昨日連絡したじゃん、女優の卯姫子に似ている女を見つけたって』
そういえばそんな連絡来てたな、と思い出す。
『本人だったんだよ』
そうなんだ、と嫌な気持ちになりながら言う。
『昨日お前の代わりに、仕方なくアケミのところでギター弾いてたら声をかけられてさ』
アケミっていうのはマスターのことだ。あれだけ嫌がってるのに、ちゃんと BARでギターを弾いているの偉いじゃん。詳しくは知らないけれど、あの二人はなんだか因縁深い関係のような気がする。
『二、三日前にこの場所でギターを弾いていた人は誰? って聞かれたんだよ』
雲行きが怪しくなってきたな。
「それでなんて?」
『お前のことを話した』
「殺す」
『いや、悪いとは思ったんだけど、その、詳しく聞かせてって言われたものだから。おかげで二人きりで食事ができた、ありがとう』
「言いたいことはそれだけか?」
凄んだ声で言ったら、端末の向こうの彼も珍しく動揺したらしい。
俺はため息をついた。
『卯姫子に会った時はよろしく』
なにをよろしくするんだよ。
もう切るよ、とイライラしながら言ったら、最後に彼が言った。
『あのさ、お前のこと少し聞かされたけど』
「は?」
『俺はお前を出来損ないって思ったこと、一度もないよ』
じゃあな、と捨て台詞を吐いて、凱虎は一方的に通話を切った。
なんだこいつ。
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