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息
俺はとりあえず萼から距離を取ろうと思ったけれど、彼の力は強すぎて全然離れることができなかった。
「もう逃がさないよ」
じたばたしている俺に気づいたのか、彼は耳元でそう囁くと俺を強く抱き竦めた。苦しいし、海に浸かっている脚は冷たいのに萼に包み込まれている全部があったかくて体から変な成分が出ているんじゃないかっていうくらい体に力が入らなくなっていく。
またなし崩しにされそうだと思った。
俺は微睡みそうになる意識を奮い立たせて彼の耳元で囁く。
「離して」
彼は少しも離さない。
「やだ」
「萼……!」
「だって体が離れない……あーちゃん……」
萼はさらに俺を抱き込むと、肩口で深く深く呼吸をした。彼の息遣いを感じて体がざわざわする。
「あのさあ!」
なんだか訳が分からなくなって、俺は大きな声を出した。
「どういうつもりなの? 俺、全然萼の気持ちが分からない。俺たちは従兄弟で、男同士で、αでΩで、お前には彼女がいて、今のこれはなに? 分かんないよ……! 俺がΩだったから? やっぱりお前を狂わせてるの? この前のキスもセックスも俺のせいなんだよね、今も。俺がΩだから。悪かったよ。だからもう離れてよ、こんな惨めな思いは散々なんだよ」
それでも萼は俺を離さない。
俺は心の中ですごくすごく焦っていた。軽い気持ちで引っこ抜いた感情が、思いのほか大きくて自分でも制御できないものになっていた。
「お前は正気じゃないんだよ! さっさと卯姫子のところに行けよ! 撮られたらどうすんだよ、お前俺がΩだったら困るって言ってたじゃん、Ωの従兄弟がいるなんて公表されたくないって、言ってたじゃん。早くそれを思い出せよ!」
次から次へと言葉が出てしまう。
「お前を困らせて嫌われるのが嫌でここまで逃げてきたのに、なんで追ってくるんだよ! しかも何年も経った後にさあ! 嫌がらせかよ! 最悪だよ、俺、お前のいない場所で、頑張って息してたのに、もう、お前に会ったら……」
死にたくなる、って言おうとしたけど、なんとか止めた。
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