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怖。

 その言葉を嚙み潰したら想像以上に心が苦い。苦くて苦くて涙が何滴かこぼれて恥ずかしい。自嘲気味に笑って呟いた。 「αがよかったなあ……やっぱり。双子がよかった、お前と。傍で人生歩みたかったよ、ほんと。ごめん。Ωでごめん」  マスターの鉄拳を思い出した。怖。びくってなった。  性別を言い訳にすんな、って彼女は言った。『そうやって一生自分の不幸に酔いしれるもり?』。『自分で動かなきゃ幸せにはなれないの。』。『いつまで逃げてんのよ。』。  あー。ほんと。  馬鹿みたい。 「いや……やめよう」  俺は泣きながら笑って彼の懐を抜け出す。 「もうやめようこんなことは、違う本当は、本当は違うんだ萼、あのな。Ωとかαとかもういいんだ、そういうことじゃないんだ」  不幸に酔いしれるのはやめよう。逃げるのもやめよう。  俺はギターを取り返そう。 「その気になるから、思わせぶりな態度はやめてって言いたいんだ」  そしたら歌えばいいや、52Hzで。 「俺、随分前からお前のことを好きになっちゃってるから」  誰にも聞こえない歌を歌おう。 「お前と卯姫子が付き合ってるのなんて吐きそうなほど嫌だから、婚約なんて死にそうなほど悲しいから、許嫁とかクソ喰らえって思ってるし。お前の重荷にしかならないから」  もう傍にはいられないんだ、って笑った。俺笑えるじゃん。  今までなみなみ入っていた大きな大きな盃から、水が一気にあふれ出るような感覚がした。胸に沈んでいた大きな岩をぶん投げた気分。すごく軽くなったし、開放感に満ち溢れているのに、同じくらい空虚で物悲しくて、不安定で辛い。  海が冷たいわ。  ばしゃばしゃしているブーツで海から離れながら、もうこのブーツは履けないんじゃないかと思った。服は洗濯すればどうにでもなるけど。そうやって他のことに注意を逸らさないと慟哭してしまいそうだった。  失恋ってこんな気持ちなんだなあ。  すっごく美味しくない。溶けたアイスみたい。  早く BARに戻ってギターを持って帰ろうと思った。  

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