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その節は
*
真っ白な天井をぼーっと見ていた。そこには音が無かった。俺以外誰もいないような静けさだった。窓から西日が差し込んでいる。布団で寝てた。布団って偉大だな。全然体が痛くない。身動ぎしたら体がめっちゃ痛い。体っていうか下半身っていうか股の間っていうか。いや体もぎすぎすしてるけどね、実際。全然動かないし。
俺昨日なにしてたっけ。瞬きしていたら、だんだん思い出してきてなんか急激に泣きたくなった。
だって萼がいないんだもん。
下半身を引きずるように布団から抜け出した。丘に上がった人魚みたいに。上下ともスウェットを着ている。俺は自分で着ていない。萼が着せてくれたのは確か。
床に腕を立ててあたりをきょろきょろ見渡した。部屋が狭いと失せ物探しは容易くてよい。
「萼……」
いないと分かっていたけれど、俺は彼の名前を呼ばずにはいられなかった。
白い壁が俺の声のいくつかを呆気なく吸収していくつかを反響させる。誰にも届かない独りぼっちの音だった。
ギターが弾きたい。
力が入らなくなってフローリングにばたりと倒れた。おでこを強く打ってめまいがする。今まであったこと全部俺の妄想だったのか。
いやそんなことない。体の倦怠感も、腹のなかの満足感も現実。
一人で取り残されるってこんなに悲しくて寂しくて絶望的なんだなあ。俺、萼にずいぶん酷いことをしてしまった。
部屋のドアが音もなく開いて、風がふわ、と通り過ぎた。
「あーちゃん……? 起きたの?」
がば、と顔を上げたら、昨日会ったときの格好の彼がいた。彼は俺の顔を見るなり少し慌てた様子でしゃがみこむ。
「な、泣いてる……? どこか痛い……?」
萼の後ろに茶色の紙袋が置いてある。買い物に行っていたらしい。うちなんもないもんな。萼の顔を見ていたら、安心と安堵感と愛しい気持ちが込み上げて止まらなかった。
俺はさっきと同じように下半身を引きずって彼に抱きつく。
突然大事な人がいなくなるってかなり苦しい。少なく見積もっても2回は彼をこんな境遇にさせた。
「その節は誠、に申し訳ございま、せんでした……!」
「どの節!?」
「もう、自分、なんと、お詫びすればよいか……分かりません……」
「あーちゃん変なスイッチ入ってるよ」
なだめるように背中をさすられた。あったかい。萼の体温あったかい。一人じゃ得られない温もりがこそばゆくて心地よくて幸せ。
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