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あ、分かった
「あーちゃんのギター壊したら卯姫子にとってもいいことないよ」
「適当なことを言うのはやめて」
「本当だよ」
「うるさい!」
彼女が腕を振りかぶった。
「お願い壊さないで! それ大事なものなんだ、俺そのギターじゃないとダメなんだ、大切なものなんだ、返して、お願い……卯姫子……!」
壊してやる、と彼女は言った。大切ならなおさら、壊してやる、って。
俺のギターが地球の重力に倣って落ちていく。
萼からもらった、俺の。大切な。世界に一つだけの。
全然届かないことを知りながら手を伸ばさずにはいられなかった。
マスターが静かにタバコを吸っている、副流煙の白い煙が視界で燻っていた。
先で。
いつの間にか卯姫子と距離を縮めていた萼が、俺のギターを受け止めた。
凱虎が余所事のように拍手をしている。
俺はまるで生きた心地がしなかった。まだ心臓が早鐘を打っている。さっき食べたひとかけらのサンドイッチすら吐きそうだった。
卯姫子はそれを見て逆上していたけど、萼はそんな彼女を置いてギターを確かめるように眺めている。一通り見て、俺の方を見やって笑った。
「すごく大切に使ってくれているみたいで……嬉しい……くじらも綺麗なまま……」
ペグを慣れた手つきでいじって音を調節している。
彼はポケットからピックを出すと、ボディーで拍を取って弦を鳴らした。
その振動は音になって連鎖していく。
音の連なりは音楽になった。メロディーになった。
卯姫子の荒い呼吸が穏やかになっていく。
凱虎がなんか聞いたことあるなと呟いた。萼はメロディーを、まるで自分が生み出した音楽のように奏でていった。口元の笑みが目を引く。自分の奏でる音楽に酔いしれている顔だった。
俺はすごくこそばゆい。なんで知ってんだよ。この曲。
耳コピも完璧だ。
「あ、分かった」
凱虎が俺に向かって指を差す。
「お前が作った曲じゃん」
俺は恥ずかしくて目を逸らした。ネットで上げている曲だ。しかも新曲。
「いい曲だよね」
萼が弾きながら言った。
「ね、卯姫子、この曲好きでしょ」
彼女は黙りこくっている。
「この前嬉しそうに教えてくれたよね。『霹靂さんの新曲だ』って」
覚えたよ、と彼は苦笑した。
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