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よかったね
萼をちら、と見たら目があった。首を傾げて微笑まれる。お前今どんな気持ちなんだ、おい。俺を一人にするな。マジで、どうしたらいいんだよ。
彼女がひとつ小さな咳払いをした。
ものすごく体が跳ねた。彼女はうるうるの大きな瞳で俺をきっと睨みつけてくる。真っ赤な顔で言った。
「私が今まで、霹靂さんに対して送った言葉全てに、嘘偽りは、ない」
そこで区切って、卯姫子は大きく息を吸う。
「あなたの、幸せな、未来を……生み出された新しい曲に、素晴らしいエッセンスが入っていることを、期待している」
彼女はおもむろに俺の手を取った。
きつくきつく握られる。触れあった手に緊張が走る。お互い、そんな感じだった。
卯姫子の目がキラリと光った。
「これからも……応援しています……!」
消え入るような小さい声で言うと、彼女は足早に立ち去った。
矢継ぎ早に凱虎が俺のそばを通り過ぎた。
「ちょっと追いかけてくる」
キリッ、って感じだ。マスターが涼しい顔で見送っている。勝手にしろ。
ちょっと間があって、俺のギターを持った萼が隣に来て俺の肩を抱いた。
「よかったね」
「よかったねじゃねえよ」
俺は当たり前の顔をして彼からくじらのギターを取り返す。ボディーを抱いて頬にネックを当てながら、深呼吸した。これ。このギター。俺の。大好き。
「なんで俺が霹靂だって知ってるんだよ」
「聴いたら分かる」
萼はギターケースを取りに行きながら言った。
「あーちゃんの作る音は、俺が一番よく知ってる、そうでしょ」
俺はギターケースを受け取りながらため息を吐いた。
「……よく言うよ」
遠くでマスターがクスクス笑っている。
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