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夜の海がこんなに美しい

 夜になって、萼と防波堤に座りながら海を眺めていた。  月が綺麗な夜だった。漣の音も暖かい。風も心地いい。周りで起きている現象がこんなに穏やかで心が安らぐのは、多分隣に萼がいるからだ。周りが変わったんじゃない。海も月も風も別になにも変わらない。ただそこにあるだけで。  夜の海がこんなに美しい。  俺は控えめに彼の肩にもたれかかりながら目を閉じる。  萼は俺のギターを息を吸うことを意識しないように、そんな感じで弾いていた。  でも俺が隣にいることをしっかりと意識している。  何時間くらいこうしているか分からなかったけど、別に何時間でもよかった。  萼が横にいるっていうだけで、あとは別にどうでもよかった。 「あーちゃん、まだくじらは好き?」  音の合間で、彼が言った。少し声が震えている。どうしたんだろう。 「うん、好き」  萼は笑うと、ギターをケースに大切そうにしまった。  ふた呼吸置いて、ポケットをまさぐって、手の中に収まるくらいの小さな箱を取り出す。  あのさ、と彼が思いがけず緊張した顔をする。 「受け取ってくれる……?」  箱の中身は指輪だった。  銀色の指輪が二つ入っていて、並べて繋がるとくじらの模様が浮き出る。透明のきらきらしたものが泡みたいにはめこんであった。  くじらのペアリングだ。 「これ、え、なに……?」  体が熱くなった。  俺は真っ先に萼の表情を伺う。  真っ先に彼に問いかけたかった言葉は、 「は?」  この一言に尽きる。  俺がわなわなしていたら、萼も少したじたじしながら言葉を続けた。 「証が欲しかった、もうあーちゃんがどこにも行かないって証が、俺の隣でずっと一緒にいてくれるって証が。サイズはあとで合わせるから」  いつ買ったんだよこいつ。俺と会ってから買いに行く余裕なんて絶対になかったはず。断言してもいい。だったらいつから用意してたんだ?  俺と会う前からだ。絶対そうだ。こいつは俺と会う前から、俺を引き戻す気満々だったってことだ。 「買った時は深い意味は無かったんだけど、だってあーちゃんのことαだと思ってたし……。いや、違う……ごめん、正直、深い意味はあった。ごめん、あーちゃんとパートナーになりたいって、俺、見つけたら言おうと思ってたんだ、けど、なんか……」  こんなに余裕のない萼久しぶりにみた。  俺もかなり動揺して体が震えていたけどそれ以上に萼が緊張しまくっていて、それを目にしたら逆に俺は冷静になっていく。萼がなにかを言おうとするように口を開くのだけど、それが全然言葉にならない。言いたいことや伝えたいことがたくさんあるのに、どう切り出していいのか分からなくて困っている顔だ。  彼はあの、とかその、とか言った最後にようやく言葉を口にした。 「俺たち結婚しよう……?」 「いや唐突だなお前は!」  つっこみながらも、五感の全てがふわふわしていた。  夢みたいだった。  

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