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180

 俺はしばらくそれを月明かりに照らして眺めていた。くじらは半分しか見えないけど、なんだか生き生きして見える。  俺も彼の指に指輪をはめたら、彼が突然俺をぎゅうと抱き竦めて囁くように呟いた。 「あざみがΩで、従兄弟で、嬉しい……。公的に認められる、俺たち、ねえ、絶対誰にも何も言わせない……。俺が必ずあーちゃんを幸せにする、だからあーちゃんも俺を幸せにして。もうすでに幸せだけど……あれ……どうしようここが幸せのてっぺんであとは下るだけだったら」  いやまさかね、と彼は冗談っぽく言っていたけど声はマジのトーンだった。俺はくすくす笑う。どんだけ不安なんだよ。そんなふうになるわけないだろ。  だって俺の横にお前がいて、お前の横に俺がいるんだぞ。下るわけがないだろ。ずっとてっぺんだ。なんならてっぺんをぶち壊してその先に行こう。  心の中で唱えたら、彼がそうだね、って独り言のように呟いた。 「うなじ噛んで」  俺は彼の肩口に顔を埋めながらそこを曝け出す。 「俺を萼のものにしてよ」  彼の耳元で囁いて、彼が噛みやすいように上着を寛げた。空気が冷たくて感覚が敏感になっている。彼は何も言わないでそこの香りを嗅ぐと、優しく舐めた。体の力が抜けて変な気持ちになる。この人に……萼に所有されたい、と体の最も根源的なところで叫んでいる。  うなじに走る鋭い痛みを俺は今か今かと待ち構えていた。 「実は……ずっと待ってたんだ、それ言われるの」  嬉しい、と歌うように言いながら彼は俺のうなじを噛んだ。  突き立てられた歯が薄皮を破って血を滲ませる。  水の中にいる感じがした。海だ。耳元で空気の泡が音を立てて上に上がっていく。まとわりつく心地よい水を風のように切って海上に飛び出したら、世界が180度変わった感じがした。  もう今までの自分じゃない。  完全に。  なんか変わった。うまく言えないんだけど。  俺は彼と顔を見合わせて言う。 「なんか羽根が生えたみたい、萼」 「トビウオじゃん」 「うるせえな」 「ペンギンの方が良かった?」 「突然可愛いな」  彼はふざけて笑ったけど、そのあと真面目な顔をして言った。

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