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佐伯さんと入ったのは、いつも奏ちゃんと使うラブホだった。
それもいいかもしれない。ここで他の男に抱かれるのも、ケジメになっていいかもしれない。
結局、心を奪われたのはオレだけだったみたいだ。
ゲイのオレとは違い、奏ちゃんは男だろうが女だろうが、下半身さえ反応すればどちらでもいいみたいだった。
思い返しても、奏ちゃんが可愛いなんて言ってくれたのは初めて会ったあのときだけだ。他に優しい言葉なんか、かけてもらった覚えはない。
好きになるって完敗だ。オレはその日から、奏ちゃんの恋の奴隷になった。
「どうする? シャワー浴びる?」
「え、あ、はいっ」
緊張となぜか湧き上がってくる後ろめたさに声を裏返しながら、浴室に向かう。
同じホテルでも部屋が違うと内装も違って、こっち側にシャワーがあるんだ、なんてことを考えながら、服を脱ぐ手が震えているのを、オレは見ないフリをした。
***
奏ちゃんとオレは会うたびにセックスをした。
オレは実家に住んでいて、奏ちゃんは働いている塗装会社の社長さん家に住み込んでいる。だからオレたちが会うのはいつもラブホだった。
改装を繰り返したこの古いラブホは、壁紙が煙草のヤニで変色してたり、シャワーの出も悪かったりするんだけど、なぜか奏ちゃんのお気に入りだった。
奏ちゃんと初めて会ってから半年が経っていた。
「ね、ねぇ、奏ちゃん、オレ、たまには他のとこにも行きたい……」
「はあ? どこに」
素っ気なく答えた奏ちゃんはベッドの上で煙草を燻らせながらテレビを見ていた。
「も、もちろん、奏ちゃんとエッチはしたいけど、どこか出かけたいっていうか、その、ご飯とかさ」
オレは奏ちゃんの低温な反応に半ば心を折られながらも、負けじと考えを巡らせる。
「あ、そうだ! お花見行こうよ! 今週末は桜が満開だってよ?」
「桜……?」
乗り気じゃない奏ちゃんになんとか約束を取り付けて、オレはその日を心待ちにした。もう大学の授業なんかそっちのけで、花見をする予定の公園に下見に行って、どこに座ったら桜が一番綺麗に見えるかとか、女子の友達に聞いたデパ地下の惣菜なんかチェックしたり、夜は冷えるだろうからと膝かけを買ってみたりとか、とにかく何でも思いつく限りのことをやった。
奏ちゃんの喜ぶ顔だけが、オレの頭の中で廻り続けた。
当日は朝早くから場所取りをして、仕事帰りの奏ちゃんを駅まで迎えに行った。
「奏ちゃん!」
「おう」
たくさんの人が吐き出されてくる改札口で、こっちに歩いてくる奏ちゃんをオレはすぐに見つけ出す。どれだけ人が居ても、オレの目はすぐさま奏ちゃんの姿だけを捜し出すんだ。
オレは奏ちゃんの手を引いて用意していたシートへと案内した。夕闇の中、ライトアップされた桜が幻想的に舞い散っている。
「奏ちゃんはこっちに座って? ほら、すごく綺麗に見えるでしょ?」
「ふーん」
腰を下ろした奏ちゃんの前に、オレは惣菜やらビールやらを並べていく。
「お腹すいてるよね? 食べて? あ、寒くない? これも使ってね」
用意していた膝かけも手渡した。
「ん、んまい」
奏ちゃんは黙々と惣菜を食べながらビールをすぐに二本飲み干した。
「よかった……」
目の前でオレの用意した飯を食ってる奏ちゃんが堪らなく愛しかった。奏ちゃんと一緒に桜の下でご飯を食べてる。
ああ、オレ、幸せ……。
ぼんやりとその顔を見つめていたら、顔を上げた奏ちゃんと目が合ってしまった。
「!」
瞬時に頬が染まり、恥ずかしくなって俯く。
すると奏ちゃんはシートに箸を投げ捨てると、オレの手首を掴んで立ち上がった。
「え、な、なに?」
驚いて奏ちゃんの顔を見上げたけど、奏ちゃんは黙ったまま、オレも強引に引き起こした。
「どうしたの?」
そのままオレの腕を引いて歩き出す。
「あっ」
足元でジュースの缶が転げて、中身が膝かけに零れたのが見えた。食べかけの飯もそのままに、慌ててスニーカーを引っかけたオレは奏ちゃんの手に引かれ、転げるようにそのあとに付いて行く。
「奏ちゃん! どこ行くの?」
オレの先を行く奏ちゃんはライトアップされた桜並木を横切り、どんどん暗がりへと進んでいく。そして、茂みの奥に放置されていた物置の壁にオレの身体を押しつけた。
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