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それから二週間が経った。
オレから連絡する勇気はなく、もちろん奏ちゃんからも一切連絡はない。
「お、おい井上、おまえ教科書に板書してっぞ?」
「え?」
隣から囁かれた声に慌てて手元を見ると、ノートはまっ白で教科書の文字列の上にオレの字が書き連ねてある。
「なんだこれっ」
オレは慌てて教科書を消しゴムで擦り始めた。
「井上、顔色も悪いぞ? それに少し痩せたんじゃないか?」
「そう、かな……?」
「次の講義、オレが代返しといてやるからもう帰れよ?」
「ん……、悪いな、斎藤(さいとう)……」
同じ学科の斎藤はオレがゲイだと知っている唯一の友人。
「おまえ、最近まで新しい男できて浮かれてたのに、何があったんだよ?」
「いや……、もういいんだ……」
「おいおい、大丈夫かよ。前の男と言い、ホント男運ないよな」
講義が終わると、呆れた顔でこちらを見やる斎藤に力なく手を振り、大学をあとにした。春の陽射しはキラキラと容赦なくオレを照りつけてくる。
「くそ……、眩しい……。オレの心はこんなに暗いのに、なんなんだ、この明るさ……」
苛立たしげに青空を睨みつけたその時、ポケットに入れていた携帯電話が震える。
「何、斎藤か? ………っ!!」
『今晩いつものラブホ集合』
オレはグワッと空を仰ぎ、携帯を胸に抱き締める。
「奏ちゃんからメ、メール、来たあああああ――――――――!」
晴れ渡った空に向かって大声で叫ぶ。周りの人々がビクリとしながらオレを遠巻きにしていくのが見えたけど、そんなの、もうどうでもよかった。
***
「そ、奏ちゃん、久しぶり」
「おう」
何事もなかったかのように奏ちゃんはベッドに腰かけていた。
ああ、この声!
もう奏ちゃんのその姿を見ただけで胸がキュッと詰まって声が上ずる。この二週間、独りで抜いても抜いても、尻がうずうずして満たされなかった。
オレはベッドに走り寄った。
「奏ちゃん、オレ、もうメンドクサイこと言わない! だからこれからもオレと会って? オレ奏ちゃんがいないと、もう全然、だめなんだよ……」
奏ちゃんと会えなかった時間を思うと目の前が真っ暗になる。
「ああ、いいけど?」
奏ちゃんは事もなげにそう言う。
「ほ、ほんと?」
しかし上気した顔を上げたオレに、奏ちゃんの眇めた目が向けられる。
「ただし、今日はメンドクサイおまえにお仕置きな」
「え? な、なに」
「オレ、今日疲れてるから、おまえ独りでヤって?」
「な……!? 独りでって?」
「だーかーら、自分でヤってるとこオレに見せろよ」
奏ちゃんはダルそうにそう言いながら煙草に火を点けた。
「そ、そんな! は、恥ずかし過ぎるよ! そんなの!」
オレは真っ赤になりながら奏ちゃんから顔を背けた。
「へー、そう。んじゃ、オレもう帰るわ」
奏ちゃんが立ち上がる。
「や! 奏ちゃん! 待って! する、するっ!」
「はい、じゃ、よろしく」
奏ちゃんは煙を吐き出しながらオレの目の前にどっかりと座り直した。
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