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シャワーを浴び終えたオレは、バスローブだけを身に着けて部屋に戻った。
「お先に、いただきました」
ソファで手帳のようなものを見ている佐伯さんにおずおずとした声をかける。
「航君……」
佐伯さんは顔を上げると、にこやかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「まだ毛先から滴が落ちてるよ?」
「あっ、すみません……」
近づいてきた佐伯さんはオレが持っていたバスタオルを手に取り、髪を拭いてくれる。
オレは俯いて、されるがままになった。髪を拭き終えタオルを下ろすと、佐伯さんはじっとオレの顔を見つめてくる。
「じゃあ、オレも入ってくるから、少し待ってて」
そう言ったあと、ちゅ、とオレの額に唇を落とした。
「っ!」
真っ赤になったオレをクスクスと笑いながら、佐伯さんが浴室へと去っていく。
なんだ、この甘さは……。奏ちゃんなら絶対こんなことしない。髪を拭いてくれることなんてないし、ましてや額にキスなんか……。
……佐伯さんなら、オレのこと、好きって言ってくれるかもしれない。
オレは自分の額に手を当てたまま、その場に立ち尽くしていた。
***
「奏ちゃん、みかん好きだったよね?」
「おう」
いつものラブホのベッドの上に、オレはみかんがぎゅうぎゅうに詰まったビニール袋を置いた。
「これ、今年の初物なんだよ? 初物食べると長生きすんだよ?」
「へー」
オレの話に興味なさげな返事をしながら、奏ちゃんはビニール袋からみかんを一個取り出し、剥き始めた。
「ぽんかんとかも甘くておいしいよね?」
「ああ、好き好き」
「え? じゃあ、グレープフルーツとか酸っぱいのも?」
「好き」
「じゃあ、オレのことは?」
「…………」
「ちっ」
引っかからなかったか……。
奏ちゃんは黙々とみかんを食べ続ける。
結局、奏ちゃんとは会えばセックスをするという、付き合ってんだか体だけなのか、そもそもオレのことどう思ってるのかさえわからない関係が続いていた。それは平和で穏やかな時間にも思えたけど、そんな日々が続くと人ってどうしても欲張りになるらしい。オレは奏ちゃんからやっぱり、『好き』って言葉が欲しくて欲しくてうずうずしていた。
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