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大学が終わると、オレは奏ちゃんの勤める塗装会社の近くまでやって来ていた。
メールはくれないし、電話にも出てくれないからといって、ひと目だけでもその姿が見たくてここまでやってきたオレの行動は、決してストーキングなどではない。断じて違う!
小さな個人経営のこの会社は、日本家屋の一階が事務所になっていて、瓦屋根には『近藤塗装工業』という年季の入った看板が掛けられていた。
オレが電信柱の陰に身を潜めてその様子を窺っていると、エンジン音が近づいてきた。やってきた軽トラックが会社の前で停まり、運転席と助手席からそれぞれニッカボッカを穿いた男が降りてくる。
あ! 奏ちゃんだ!
助手席から降りてきたピンク色のニッカボッカの奏ちゃんにオレの目は釘づけになる。頭には白いタオルが巻かれていて、上着には所々、白やら黄色やら黒やらのペンキが付いていた。
奏ちゃんはもう一人の男と何やら話を始めた。オレは必死に耳を澄ませる。
「じゃあ、明日の現場の準備頼んどくよ」
運転席から降りてきた年配の男が奏ちゃんに言う。
「ういっす、目張りはどうします?」
「何平米くらいあったかな? 足りるかな」
「多分、今日の余りでいけるとは思うんすけど」
奏ちゃんが腕組みしながら答える。
「ま、多くても困らんから予備積んどいて」
「ういっす」
奏ちゃんは軽トラックの荷台から道具を下ろし終えると、ひとりで黙々と後片付けやら掃除を始めた。
奏ちゃん……、すごく真面目な顔してる……。奏ちゃんが働いてるとこ、初めて見た。
その様子を見ていると、オレの心臓がドックドク鼓動を強める。
奏ちゃんはオレより二歳年上で、ちゃんと働いてて、カッコよくて、友達もたくさんいる。それに引き換え、オレは平凡で、何の取り柄もなくて、まだ学生で、ガチホモで……。
「金田(かねだ)君、これ、わかる?」
その時、事務所のガラス戸が引かれ、中から若い女が書類を持って出てきた。事務員の制服を着たその女は、ふわふわした髪の毛と柔らかそうな体で奏ちゃんに近づく。
「ん? どうした?」
片付けの手を止めた奏ちゃんはその女と一緒に書類を覗き込んだ。
ああ、そうだ、奏ちゃんは女もいけるんだった……。
奏ちゃんには普通に女と付き合って結婚するって道もあるんだ。奏ちゃんって案外パパになったら優しくって子煩悩になったりして。そして、その子が女の子だったら嫁にいくときすんごい泣いたりしてさ……。って、そんなの、そんなの、そんなの……。
「いやだあああああああ――――――――――!!!!!」
瞬間、視線の先の奏ちゃんと女が一斉にオレのほうを振り向いた。
「あ、こ、声が……出ちまっ、た……」
「お、おまえ、こんなとこで何してんの?」
明らかに困惑の眼差しをした奏ちゃんが頭からタオルを取りながら、オレに向かってズカズカ歩いてくる。
「あ、いや、その、そ、奏ちゃんを見たく……て」
オレは真っ赤になりながら俯いてその場に立ち竦む。
「ご、ごめんなさいっ」
ど、怒鳴られる……!
オレは目をつぶり、腕で顔を覆い隠すようにして奏ちゃんの声を待ち構えた。
けれど、いくら待っても奏ちゃんの声は降ってこない。
「っ」
オレの腕に何かが触れた。恐る恐る顔を上げていくと、奏ちゃんの大きな右手がオレの腕を掴んでいた。
「奏ちゃん……?」
目の前に現れた奏ちゃんの顔は、少し呆れたような少し怒ってるような少し眩しいような、複雑な表情をしていた。
「オレ、も少し片付けあっから、その辺で待っとけ」
奏ちゃんはそう言って小さく溜息を吐いた。
「う、うん……」
オレの返事を聞いた奏ちゃんは手を離すと、女のほうに駆け戻って行った。
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