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「おまえ、びしょ濡れじゃないか。傘持ってなかったのか?」
ホテルの部屋に辿りついた濡れ鼠のようなオレを、寝そべったままの奏ちゃんが呆れた目で見やった。
「ん……」
オレは手に持っていた傘をなぜか自分の後ろに隠した。
「シャワー浴びるか? それとも、どうせぐしょぐしょになんだから先にヤるか? ……あ? どうした?」
「…………」
オレは俯いたまま、何も答えず、その場から動かなかった。
「もう、やだ……」
気づくと、オレの口からはそんな言葉が零れ落ちていた。
オレはヤるためにここに呼ばれた。オレはヤるためにここに来た。オレは奏ちゃんが好きだ。奏ちゃんに触れられたらそれでいい。一緒に過ごせたらそれでいい。
そうだろ? オレ?
「も、もう、やだっ! 」
けれどもオレは、もう一度同じ言葉を悲痛な叫びのように吐き出していた。
「何、おまえ?」
奏ちゃんの眉間に皺が寄る。
何言ってんだオレ、奏ちゃんに抱かれるならそれでいいって思ってたじゃないか。
「オレのこと好きじゃない奴に、オレ、抱いて欲しくなんかないっ!」
「何言ってんの?」
すぐさま奏ちゃんの冷たい視線がオレに突き刺さる。
「そ、奏ちゃんはどうしてオレに優しくしてくれないのっ」
声が震え出す。ふたりの間の温度が急速に下がっていく。奏ちゃんはこういう話が大嫌いだから。でも、それでもオレの口は止まらない。
「も少しあるだろ? ヤりたいから、とかじゃなくて、会いたいから来いとか、す、好きだから会いたいとか……っ」
「はあ? 優しくってどんなだよ? オレとおまえは違う人間なんだから、おまえ基準の優しさにどうしてオレが合わせなきゃいけないわけ?」
奏ちゃんはイライラした口調でそう言うと、煙草に火を点けた。オレは少し震えながら目を伏せた。
「オ、オレが他の男と寝ても、奏ちゃんは何とも思わないんだよね?」
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